draft
草稿
tweet tweet night
夜とはこんなに静かなものだったか、と思い出した。
最近はいつもイヤフォンを耳からだらりと下げて、やかましい音楽で気を紛らわしていたから、
夜という空気がこんなにも広く、そのくせ閉鎖的だったことを忘れていた。
自分の周りから遠くまで、見えないものを目を凝らすような感覚が耳に宿る。
なのに、その耳の周りはピーンと張ったような空気があり、常に緊張している。
不思議な感覚だった。懐かしく感じた自分に、どれだけ最近自分の感覚というものを麻痺させて
息をころして生きていたかを思った。
その静けさは不快ではなく、むしろ今の自分にはいとおしさすら感じた。
私の心がやかましすぎた。
言葉は飾りすぎていて、どこが自分の言葉なのかわからなかった。
顔に張り付いた表情は、傍目に違和感を感じるほど機械的だったし、
鼻は持病で常に詰まっていた。
目は、大体一人のときはいつも曇っていた。ひどいときは雨が降りだそうとするのを抑えるのに必死だった。
耳が、耳だけが、私らしい感覚を保とうとしていた。いや、忘れていたのだ。実際は。
それが、気まぐれにはずしたイヤフォンの音を埋めるように、心が宿ったようだった。
とにかく、夜は静かなものであったことを思い出した私は、
夜道を久々に音楽を聴きながら自転車で走る、という違法行為をせずに走ったのだ。
言葉を発せず、思いを語れず、常にだらしなく緊張した私の日常は、
思いのほか自分に負担をかけ、他人に迷惑を及ぼしていたようだ。
気づかなかった、とはいわない。気づきたくなかった。
なんだか、それまで「がんばっている自分」と思っていた物が、すべて単なる迷惑行為だったのでは、と思えてしまって。
誰かに合わせよう、としていたのだろうか。誰にだろうか。
私が思い描く、社会に、だろうか。
最近富に「私らしさを失ったように」感じる、という言葉が頭をよぎる。
では、私らしさ、とは何ぞや、と首をかしげる。
言葉は物語だったような気がするし、風は音楽で新聞だったような気がする。
空は常に広がる自由だった気がするし、月は憧れてやまない女性だった気がする。
星々は手に入らない光だった気がする。本の中はいつだって無限に広がる世界だった気がする。
それらすべてが私であったなら、どんなによかっただろうか。
失ったのだろうか、最初から持っていなかったのだろうか。
今だって月が見えれば愛をささやける自信がある。
風に耳を傾けることに時間をいとわないだろう。
語る言葉に千里も先の世界の香りをまとわせることは憧れるし、
空は今も私の上に広がる私の世界の多くを占める神だろう。
私はふらふらと色を形を変えながら、心をがちがちとぶつけて欠けさせながら、
それでも手を伸ばす先は、いつだってどこか自分の心に持ち続けていると信じたい。
私は旅人になりたい。
たとえば、いつだって強く大地を踏み、誰の考えにも影響されない自分を持ち、
過酷な環境でもひたすらに向かい続け、その地の人々を見方につけていくあの友人は、戦士だろう。
たとえば、まじめで信頼が置け、こだわりのある考えを持ちながらも他者から距離を置かれない、
好きなことには子供のように喜び、嫌いなことは考えを挟む余地がない、かつ論理的なあの友人は、商人だ。
たとえば、自分の興味があるところには、無尽の熱意と手腕で知識をかき集め、
1問えばさもうれしそうに100返すあの友人は、学者だろう。
たとえば、ひとつのものに取り付かれたように心血を注ぎ、ゆるぎない心でひたすらに
良さを語るあの子は、熱心な宗教者に近い。
私と公を持ち、厳しく合理的な面と、どこか人情と親心を持つあの人は、教師だろう。
私は、ふらふらとして寄る辺なく、熱意も敵意もなく、疑い深く信じやすく、物事に頓着しないのに
束縛は嫌いで、なのに自制心もない、人のよい私は、浮浪者かもしれない。
旅人になりたい。
風を風と知り、花を花と愛し、日と月のめぐりを数え、歌を歌い、歩き続ける。
旅人になりたい。
そんなことを考えながら、夜の音を聞いている。
どうしてこの仕事に就いたのか、と問われれば、今となっては胸を張って応じられる答えを知らない。
本が好きだ。音楽が好きだ。サブカルチャーが好きで、物を作ることが好きだ。
いい加減で勉強嫌い。なのに、一見すればまじめそうで人当たりのよさそうに見える自分に、辟易する。
そもそもこの会社の採用通知を受け取った日から、自分を殺すのは覚悟していたと思う。
公と私を分けたかった。私は私でいたかった。
でもそんな余裕あっただろうか。仕事という名の雑務に追われ、追われることが喜びになった。
それは自分が必要とされている証明のように感じたから、それで安心していたのだ。
結果自分の努力と勉強はないがしろになり、身についたのは時間ぎりぎりに追われるせわしなさへの対応のみで、
その場限りの技術と情報が私の腹に入って、早々に下していくだけだった。
忙しさ、は誇りだったのだろうか。
疲れている、は驕りだったのだろう。
あと何年、この仕事が続けられるだろうか。
あと何年、私は私を探し続けるつもりだろうか。
言葉がナイフや鞭になるなら、那由他ほどの数の言葉を記そう。
でもそうではない。そうではないのだ。
また、朝が来るだろう。昼になり、日が沈むだろう。
私は何度後悔するだろう。私はいつ私を許せて、「お疲れ」と声をかけられるようになるのだろうか。
誰かを信じたい。私を信じたい。信じたいのだ。
時計の針の音だけが、部屋にぽつりぽつりと積もっている。
***
これ2年以上前のだ…。
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