draft
草稿
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fragment03
グリフィン商会
その町を通過しなくてはいけない、と気付いた時、なぜ避けようとしなかったのか。たぶんいつものただの直観だ。祖先の力ももはや失われた俺の長耳に、神様が気まぐれに行ってみれば?と囁いたのだ。
だから、その人に遇った時も、そんなに驚かなかった。やっぱりな、と思ったくらいだ。
竜骨の国が、国家としての体制を失ったのはここ数十年の事だ。隣国エルベが小さなこの国を滅ぼし、さっさと国の真ん中を突っ切った街道を開き、目的だった南端の港を手中に収めると、街道沿いから外れた町々は急速に衰退していった。いまやかつての竜骨の国の名残を残すのは、街道沿いにエルベの都と南端の港町クリエ間の交通を唯一の糧として点在するいくつかの宿場町のみだ。
港町クリエからエルベに向けて3つ目の宿場町、とある宿の食堂で、俺は地図をぼんやりと眺めていた。ここから北端の国ノウェグリンまでの仕事が舞い込んだのだが、どう急いでも期間内に届けるにはこの街道から外れなければならない。旧竜骨の国の北端まで行き、尾の山脈を超え、さらに小国をいくつか超える必要がある。
「無理ならよしなさいな。いいのよ、そんなに急な用事でもないわ。」
依頼主の女性は困った顔で俺に言った。親戚の誕生日を祝う手紙を届けなければいけないのに、街道沿いからの郵便ルートは今がけ崩れが起き、物理的に使うことができないのだそうだ。正規の郵便会社は危険なルートは避ける。そこで、「なんでも届けます」という看板を立てていた俺にお声がかかったのだ。
品のよさそうな中年女性のその依頼主は、おそらく本気で気を使ってくれていたのだと思う。ただ、断れない理由は別段依頼主の事情だけではないのだ。金がない。この依頼を受けないと食いっぱぐれる。
そういう事情で、俺は街道を外れ、さびれた道を歩き出したのだ。
通り過ぎたいくつかの農村は本当に貧しかった。ただでさえ人の交通が少なく商売も出来ない環境に加え、乾燥した気候が農業に不向きなようだった。昔はひかれていたという水路はとっくに国の管理を失い枯れ果て、数キロ先の川まで水を汲みにく人がポツリポツリと見受けられた。それでも、そこに住む人は優しく、つらい生活の中でも口々に「都よりはましさ」と言って苦笑いを返した。竜骨の国の都エーリュロは、エルベ侵攻の傷痕を残したまま放置され、荒廃の度合いは抜きんでているという。たちの悪い盗賊や、キメラの繁殖地になっていると聞く。まともな人間やバルはろくに住んでいないというのだ。
5つ目の農村を超えたころ、件の都が視界に入った。
都の門は倒壊し、おそらく野生の動物や敵の侵攻を防ぐ事が目的だったはずの壁は見る影もなかった。かつて山脈から引いた水路には清らかな水が流れていたはずだ。しかし今となっては、ほとんどの場所が干からび、酷いところは汚水溜まりと化し、腐臭を放っている。
「ひでぇな」
ぽつりと思わずつぶやく。城へ続く町の大通りには店が立ち並び、かつてのにぎわいを思わせた。いまはいかがわしい店が乱立し、風体のよくない連中がちらりとこちらを盗み見ている。あまりこぎれいな格好をしていなくてよかった。すぐにでも目を付けられただろう。それでなくてもこちらは目立つ外見をしているのだ。
「あらかわいい。うさぎさん?」
異様なほど肌を露出した女が、疲れたような笑みでこちらに声をかけてきた。
うさぎじゃないんだが。
そこまで喉まで出かかって、やめた。
軽く会釈をすると、さっさとその場を去る。出来るだけこの町の人間とは関わらずにいたい。正常な生活をしている人間なら誰だってそう思うだろう。そして出来れば一日でこの都を離れたかったが、体力を考えると、ここで一泊せざるを得なかった。
皮肉だなぁ、と思った。
日はとっくに沈み、闇夜の中で上天に星々が燦然と輝いていた。いまや薄暗い店明かりしかないこの町の夜は暗く、余計な光のない星空は、一際はっきりと一つ一つの星の輪郭を見せている。
普通の宿らしきものは見当たらなかったので、仕方なく町の片隅の、出来るだけ人やキメラのいない場所で眠ることにしたのだ。屋根の落ちたその小さな建物は、どうやらかつての教会のようだった。
キメラや盗賊も、神様には遠慮するのかね。
煌めく空を見上げながら、ゆっくりと眠りの中に落ちていった。
一際、輝く星が見えた。
薄く開いた視界には、その輝きが星に見えたのだ。
星?
あわててその輝きをはねのけた。意識がはっきりしてくると、体にかかった重みに気付く。
「ち、起き…がっ…た…」
その声は酷く枯れてかすれ、うまく聞き取れなかった。
星空を背にした小さな影は、俺の肩をがっちりと抑え、反対の手に錆びついたナイフを構えていた。
「ちょ…おい、離せよ」
「しゃべる…さぎか…?…どうでもいいか…な事…」
長い黒髪がかぶさり、顔がよく見えない。それでもぎらぎらとした青灰色の目は、こちらを凝視している。
「うさぎじゃない」
「は…?」
きょとんとした瞬間に、足をあげて相手をけり上げた。
俺の種族はもともと脚力に自信がある。小さなその体は軽々と吹っ飛んで、床にたたきつけられると、ぐったりと伸びてしまった。
よっこらせ、と身を起こすと、小さな襲撃者を覗き込む。
星と月の明かりでようやくはっきりと見えたその顔は、やはり子供で、しかも女の子のようだった。
身なりは酷くボロボロで、顔も汚れている。骨と皮のような体は抱き上げるとやはり軽く、襲われた身であるにも関わらず、不憫に思ってしまう。
「正気…の人間、だよな?たぶん」
町で見かけた、うつろな目をした住人達は、盗賊たちが持ち込んだ薬物の中毒患者だという。しかし、この子供の目はそれらの目とは全く違う、強い力を宿していた。細い体にはその証である独特の腫れもなく、極端に痩せている点を除けば健康そうだ。
あの目。
気を失ったその顔を眺め、思い出す。
あの強い目は、酷く脳裏に焼きついた。
「…っつ」
「あ、起きた?」
朦朧としているのだろう。若干焦点の遇わない目で今の状況を確認している。
そして状況を認識すると、さっとその顔がこわばった。さすがに襲った相手を野放しにしておくのも何なので、足はきつく縛らせてもらっている。ただし、酷くぶつけたらしい後頭部には薬草をしみこませた布をあてた。
「…どういう、…もりだ」
つもりだ、だろう。先ほどと同じ強い、挑戦的な眼差しがこちらに向けられている。
「まあ、さっきのは許すよ。慣れてるし。とりあえず、食えば?」
ひょい、と温めたばかりの保存食を差し出す。香ばしい匂いを漂わせた干し肉を目の前に突きつけると、少女はごくりと唾を飲み込んだ。
「…んの、つもり…」
疑心暗鬼のこもった眼で睨みつける。それでも相当に腹が減っているらしく、ちらり、と干し肉を盗み見た。
「ん、腹減ってんじゃないかと。食わないならいいけど」
そういうと、ぱっと肉を奪い取り、がつがつと食べ始めた。
なんとか聴きだした名前は「無い」、家族は当然いない、人買いから逃げ出して、ここに流れ着いたのだという。かつてこの教会後には、似たような境遇の子供が幾人か集まっていた。しかし、昨年の寒波を超える事が出来ず、みな今は質素な墓の中だ。彼女は淡々と話した。
追剥や泥棒をしながら、何とか生きていたようだ。
竜骨の国では珍しくもない状況だ。食べるものもないような環境で、働き手にもならない者は見限るしかない。昨今では子捨て、最近では親捨ても多いと聞く。この子供も、そういった手合いだろう。
「うさぎ」
「うさぎじゃない。何?おかわり?」
「…金なんか、無い」
「見りゃわかる。お前、骨と皮みたいだよ」
「…売るのか?」
「お前を?うんにゃ。そういう輩とはかかわりたくないね」
「なんなんだ、お前は」
「何でも屋。本当は行商人なんだけど、ちょっと仕入れに失敗してて」
いらいらした顔つきでしばらく睨まれていたが、次第にその瞳から鋭さが失われ始めた。
大方、久しぶりの食事で消化器官がフル活動なのだろう。眠気に負けじと船をこぐ姿は、なかなか子供らしく愛嬌があるなあ、などと思ってしまう。
「寝れば?」
「…うる…い…」
もう8割方夢の世界だ。とりあえず俺は、自分の寝所を作り直し、予備の毛布を一枚おろすことにした。
目が覚めると、子供の姿は消えていた。
…とはならなかった。そういえば、ここは彼女のねぐらなのだ。
「おれ、行くけど。あんたどうすんの?」
無言でぼさぼさの髪の間から、青灰色の目が睨んでいる。
「どういう意味だ」
「…そーさね。俺ね、ちょっと人捜してて。」
「?」
とぼけたように耳をかいて、ちらりと彼女を見やる。
なぜ俺はこんなことを考えたのだろう。脳裏には昨晩見たあの強い星のような輝きがちらつく。
また神様がささやいた。
「この姿、悔しいけど客になめられちゃって商売難しいんだよね。だから人の形の相棒がほしくてさ。あんたガッツありそうだし。」
青灰色の目が丸くなる。
「どう?俺とこない?」
「…正気か、このうさぎ」
その時、なぜ彼女が首を縦に、わずかにふったのか。理由を聞いたのはもっともっと後の事。
**
グリフィン出てこねえ…。
うさぎ男はタズルマク。種族名は調律師族。神の楽器の調律師だという神話を持つ、兎によく似た種族。
苦労性で世話焼き。
子供はアリューシャ。人間。最初は人間嫌いだったが、商売と切り離してものすごくドライかつ策士な商人に成長する。口が超うまい。でも中身は人嫌い。
グリフィン出てこねえ…。
うさぎ男はタズルマク。種族名は調律師族。神の楽器の調律師だという神話を持つ、兎によく似た種族。
苦労性で世話焼き。
子供はアリューシャ。人間。最初は人間嫌いだったが、商売と切り離してものすごくドライかつ策士な商人に成長する。口が超うまい。でも中身は人嫌い。
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