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草稿

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seventhwizard03

2.北の大人たち

 

がたん、という音がして大柄な男たちが入店し、また酒場のドアが開いて閉じた。

私が取った席は、入り口から大分奥まった位置にあるにも関わらず、しみるような、刺すような冷たい風が、
店内の温まった空気を裂くように、足元に滑り込んでくる。

鉱山への道がほど近いこの店は、繁華街の中心部から若干離れているのだが、冬季の作業が始まったためか、
鉱山労働者の屈強な男たちが頻繁に暖を取りに出入りするため中々にぎわっている。

そんな中、こんな美女が一人で酒をちびちびやっているのだから、そりゃあ、人目も引くだろう。
先ほどから何人もの男が、品定めするようにフードの奥の顔を覗き込むように視線を投げてくる。

私の一番大事な仕事道具である足を、コートの下から惜しげもなく晒しているのだから、
顔を見せてやることもないだろう。…などと、くだらない優越感に少しだけ皮肉った笑いをこらえていると、
待ち人がようやくお出ましになった。

こちらもまた、場違いな男ではある。

真っ黒なコートの雪を神経質に払い、フードを下すと、これまた神経質そうな眉間にしわを寄せた男の顔が見えた。
体は細く背が高い。まるで定規の様にピンと伸びた背中が、お堅い役人堅気の雰囲気を強調しているようで、笑える。

「よ。お役人さんは定時きっかりに退社かな?いいご身分だねえ。」

からかうように声をかけると、憮然とした表情で乱暴に私の向かいの椅子に腰かけた。

「やかましい。南国のネコはまず足を隠せ。見ていて寒いし見苦しい。」

「あら、失礼ねえ。この場の殿方へのサービスよ、サービス。」

ちらっと顔を上げると、ちょうどこちらを見ていた禿げ頭の男と目があったので、微笑んであげた。
ガタイの良いいかつい男が、ポッと頬を赤らめて目をそらす。職人気質の男共は、意外とシャイであるらしい。

「全く…もっとましな場所によべ。」

「あんたと二人で静かな場所なんてやあよ。ただでさえ寒いのに、盛り上がらなくて凍死しちゃうわ。」

「お前と盛り上がるつもりなんか毛頭ない。…で、要件はなんだくそネコ。」

口汚いやり取りはいつもの事だ。私は割と嫌いじゃない。実のない軽いこづきあいは、若さを保つ大事な時間ではなかろうか。
自分の年齢に意味を感じなくなったころから、そう思うようになった。

「じゃあまずグラスをとって乾杯しましょう。」

「…」

含みのある言い方に、何かを察したような男は、いぶかしげにこちらを見た。
お構いなくグラスを上げ、私は先日ヘルヴィナから聞いた事を告げる。

「新しい7番目の誕生に。」

ディートは一瞬目を見開き、すぐに眉間のしわを深くした。

「…イヒサ。」

「喜ばしいじゃない。新しい『家族』なわけよ。」

「本気で言っているのか?…てっきりもう、7番目は」

「生まれてこない。…そう思っていたわよ。私も。」

言葉の先を取って、彼の目を見つめる。

ある意味、私たち魔法使いの中では、彼が最も「7番目」に固執しているはずだ。

生まれてこなければいい、と、ずっと願っていたはずだ。

「でも、生まれてきたわ。たった10の子供として、このご時世に。私たちは、あの子を見つけた。事実よ。
そして、わかってると思うけど、その子には何の責任もないの。…ついこの間まで、家すらなかったのよ。」

「…それは、力ゆえか?」

ディートの顔は先ほど一瞬の崩れから立ち戻り、すぐに難しい顔で固まったままだ。

彼が言っている意味は、『異常な力を肉親や周辺から迫害されていたのか』という事だろう。

ついぞ80年ほど前までは、その光景は良く見られた。私たち魔法使いという存在を、世界が認識し、かつ異常者、危険な物、として
積極的にあぶり出し、見せしめに拷問された時代だ。

「いいえ。貧しさゆえに人買いの元に身を置き、そこで発現したみたい。
たまたまヨウクがすぐに見つけた保護した次第よ。」

「…そうか」

良かった、などというつもりはない。しかし、あの時代を知る者にとっては、幸いな方と言える。

 

耳に、もう忘れたと思っていた声が聞こえた。

もう忘れたと思っていた顔が、見えた。

目を見開き、焦り、はやる鼓動の音まで聞こえてきそうな表情で。

震える指先が私をさして、かすれた声でつぶやく。

「ばけもの」

 

「おい?」

「ん?」

にこ、と笑ってディートを見る。バレバレだ。まあいいや。

「…それで、どうするんだ?」

私の心中など百も承知の、この付き合いの長い男は、古く嫌な記憶に飛んだ私を心配するでもなく話を続ける。
そう、これがいいのだ。満点。

「ヨウクの爺様が引き取るってさー。ヘルヴィナのとこはラズが居るからね。」

ここでもう一度、ディートの顔が引きつった。

「おい…それは…大丈夫なのか?ヨウクは…引き取れる身分じゃないだろう。」

「リーシィトが気の利く子に育つ姿が見えるようね…。」

2人して若干遠い目をしてしまう。何しろあの爺様、優しいし博識だし紳士なのに、生活力は皆無なのだ。

料理は素材がかわいそうなほど味の原型がなくなるし、掃除をするごとに本や資料の樹海が広がっていく。

今は確か、定期的にお手伝いさんを呼んでいるのではなかったか。

「ま、まあその心配はおいておきましょ。…で、ディートさん今夜空いてるかしら?」

堅物男の頬がさらに引きつるのが見えた。失礼しちゃう。

「…おい、俺は明日も仕事だ。」

「あらー察しがいいわね。さすがカルファナ北部領ティキナ地区財務管理局課長様。
これから我らが7番目の歓迎パーティーってわけなのよね。」

「別の日に会えばいいだろう。馬鹿騒ぎは嫌いだ。」

「やあね、冗談よ。馬鹿騒ぎできる面子じゃないでしょ?顔会わせってやつよ。我慢なさい。」

 

私の足で、ちゃんと明日の朝までにご自宅までお送りしますわよ、と嫣然とした笑みで言ってやった。

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seventhwizard02

1.嵐の日

 

ぱたぱた、という音が、断続的に頭上から響いている。

暗い空が温室の天井から透けて、雨粒が室内の光をささやかに照り返している。

多様な緑がしげる室内は適温とは言いかねるが、外気の冷たさを思えば心地よい方だろう。

真っ黒な髪の向こうで、何を考えているんだろうか。

正面でうつむく子供を見ながら、舌打ちをしたくなる。

その日は嵐で、轟音が耳にやかましく、俺はひどくイライラしていた。

 

いつも通り、ふわふわしたゆるい表情のヨウクの爺さんがこの子供を連れてきたとき、鉄仮面のヘルヴィナのばあさんが、柄にもなくしかめ面をした。だから、この子供には何かよほどの事情があるのだろう、というところまではすぐに察した。

「ラズ、お前、ちょっとこの子の相手をしていておくれ。私はヨウクと話がある。」

「やだ」

「…」

ぎろり、とひどくにらまれて、しぶしぶ子供を温室まで連れてきたのは、まあいい。

問題は、この子供が何もしゃべらないことだ。

ヨウクの爺さんとこの家の玄関に現れたとき、爺さんともどもビショビショだったので、体をふくものを投げてよこしても無言。名前を聞いても無言。

もともと俺は子供が苦手だ。畜生あのババア知ってるくせに。

真っ黒な髪からまだ滴が滴っている。白い肌、顔も白いが、長い前髪が顔の上半分を覆っていて、その表情はとてもわかりづらかった。年のころは10より前だろうか。

おもむろにその子供が口を開いた。が、すぐにもごもごと口ごもる。

「んだよ」

ぶっきらぼうに言うと、びくりと肩を震わせたが、消え入るような声で一言つぶやいた。

「…けがしてる?」

「はあ?…ああ、足?」

昔、思い出したくもない目にあって、以来俺の右足は少し釣ったような歩き方をする。

「けがじゃねえよ」

「治す?」

「は?」

水滴が水に落ちるような小ささの声が、外の嵐の音にかき消されそうだったが、そいつは確かに頓珍漢な事を言った。が、すぐに俺は一人でははあ、と察した。さっきのばあさんの顔といい、唐突に連れ込んだヨウクの爺さんといい、色々なことに合点がいく。

(こいつ、もしかして)

 

7番目か。このご時世に。」

ヘルヴィナは、湯をポットに注ぎながら、苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「そんな顔しないでよ。ルヴィ。予想はしていたことじゃない」

苦笑いのヨウクが、カップを運ぶのを手伝う。へルヴィナは自身の車いすを不機嫌そうに席につけた。

「ああ、ずっと思っていたよ。生まれてこなければいい、と」

「ちゃんと言わないと、あの子が傷つくよ。そんな言い方しないで」

ヨウクがいらだつヘルヴィナをたしなめる。彼女は一呼吸おいて、無表情につぶやいた。

「…たった一人取り残さないといけないとわかっている子を、どうして笑顔で迎えられるんだ、ヨウク」

ヨウクは静かにお茶を啜った。温室で育てた茶葉は、この地方には全く自生しないもので(そもそも自生する草の多様性が貧弱な国である)、ここに来るたびに、彼はこのお茶を少し楽しみにしていた。

「僕は…ちょっと嬉しかった」

目を丸くしたヘルヴィナに、ヨウクは静かに言葉を続ける。

「僕は、あの子のために生きられるよ」

 

気の優しい、体の弱い、この弟弟子は、時折こんな強い目をする。ヘルヴィナは彼の目を見て、昔同じような目で言われた言葉を思い出した。そして、こんな目をするときは、何を言っても聴くことはないのである。

 

「お前、7番目の魔法使いなんだな」

俺の脚に小さな手がのっている。そいつの手は不思議と心地よい温度で、じんわりと何かが体を伝わっている事が感じられた。そいつ自身は頭に疑問符を載せたような様子でこちらを見ていた。

「爺さんから聞いていないのか?」

ふるふる、と控えめに頭を振る。

 

魔法使い、の定義を言うならば、「人から生まれる、固有の異能を持つ、概して長命の、人に良く似た種族」である。主たる生業は、その薬学の知識。異能を仕事に生かす輩も昔は多かったそうだが、100年ほど前にあったという魔法使いの排斥風潮、いわゆる「黒狩」の時代から、魔法使いが表舞台に立つことはほとんどないと聞く。異能の種類は様々で、とかく人間離れした力であれば何でもありだった。ただし概して力は、外界に影響を及ぼせない程度に微弱であることが多かった。そんな中で、他からぬきんでた力を持つもの達を「番号付き」とする風習が生まれる。昔は10やら12やら、少し数は多かったようだが、多くの時代その数は7で固定となっていた。それぞれが固有の力を持ち、そして不思議なことに、彼らが死ぬと、「同じような力を持つ魔法使い」がこの世のどこかに生まれているという。番号付きはしばしば歴史の裏で暗躍したりなんだり。いや、この辺から俺はもう勉強に飽きて、ろくろく覚えちゃいない。

 

俺は6番目の魔法使い。番号付きは代々名前を受け継ぐので、今の名前は「ラザリー」。女っぽくてあまり気に入っていない。力は「幻惑」。声、特に歌によって他者に幻を見せる、という、若干地味な力である。魔法使いになったのは14。今、俺は30の年齢になろうとしているが、外見は14のころと全く変わっていないと言っていい。

1番目がヘルヴィナ。世界中の生き物、無機物、「記憶」の概念を持つものなら何でもその言葉を聞くことができる「耳」の持ち主で、目下俺の師匠お目付け役。頑固なババアだが、いったい何歳なのか見当もつかない。足が立たないのは生まれつきだと聞いている。

ヨウクの爺さんは3番目。ふわふわ、へらへらとした爺さんだが、昔はさぞモテただろう、という整った顔立ちで、ヘルヴィナの弟弟子だと聞く。力は「千里眼」。あらゆるものが見える癖に、人が引いてしまうほどの読書狂、知識収集狂で、いつも子供の様にわくわくしているように見える。そのかわり生活力はゼロだ。

他に、4番目のディート、6番目のイヒサが居る。2番目は欠番だと、昔、詳細を聞くのをはばかる雰囲気のヘルヴィナから聞いた事がある。

 

そして、7番目。目の前にいるこいつだろう。

 

「お前の力は『治癒』だろ。力は他者の回復。珍しいんだぞ。んで、番号付きの中でも超長命だってきくな」

「魔法使い…」

じんわりと暖かかった足に、ピリっと痛みが走り、俺は思わずびくっと身を引いた。

「治りました」

ぼんやりとした雰囲気のまま、子供は手を引いた。想像通り、足のつったような感覚が綺麗に消えている。

「…お前の名前はリーシィトだ」

 

ガチャ、温室のとドアが開いて、ヘルヴィナとヨウクが入ってきた。

外はまだ酷い嵐で、渡り通路もかなりの強風が吹いていたのだろう。

室外からの風が俺たちの座り込んだ場所まで吹き込んで、子供の前髪を吹かせた。

黒い髪の向こうで、宵闇の様に深い黒の瞳が、俺を見ていた。


seventhwizard01

0.帰る場所

 

ハルという何もない国がある。

西の屋根の大陸の中央部に位置し、東西交通の要所として諸処の国境に横たわりながら

その国は資源もなく、巨大な都市も生まれず、ただ茫漠とした草原が広がる

僕はその東寄りの村に住んでいる。

聴けば僕の一族は200年近くここに住んでいるらしい。だからと言って地主のような力や財力があるわけでもなく、そこそこの畑を細々と続けている一般的な農家だ。

そんな僕の家に、不思議な伝統がある。

半年に一度、大きな古い家を掃除に行くのだ。この家というのが、どうも所以が怪しく、僕の一族の所持する物件、というわけではなく、かと言って遺跡のように文化的な意義があって管理しているわけでもない。この伝統は100年ほど続いている、らしい。

 

僕の家から車で1時間ほどかけていくその場所は、まるで人目を避けるようにひっそりと建っている。町から離れ、雑木林に埋もれたその家は、ひときわ大きな木に飲まれるように作られていた。大木の根元の洞から切り出したようなその家はいつ行っても不思議とカビ臭さはなく、少しツンとした薬品のにおいがした。鍵はとても古い形で、いまどき見ないちゃちな作りだけども、こちらも不思議なことに不逞の輩に暴かれた痕跡もない。

 

「爺ちゃん、ほんとにこんなとこ守っていかなきゃいけないの?」

僕は曾祖父にいつも尋ねる。齢110を迎える曾祖父は驚くべきことにその年で全く足腰の衰えを見せず、口数は少なくなったものの、痴呆の兆しは見えなかった。

「こんな場所にあって、誰も使えないからきっと人に貸したりはできないけど…」

「いかんよ」

ポツリ、と曾祖父がいう。

「ここは、わしらの物ではない。頼まれて、掃除をしているんだ。」

100年も帰ってこないのに?いつも聞くけど、それ本当なの?爺ちゃん」

100年も主が帰ってこない預かり物を、いつまで管理しなきゃいけないんだ。僕の子供や孫の代まで、この家はこのままというのだろうか。

「…帰ってくるさ。」

曾祖父は目を細めて、何かを思い出そうとしているようだった。この家の主の姿だろうか。

そんなものが居るのだろうか。ここは単なる廃屋で、曾祖父はとうにボケているんではなかろうか。僕はいつも心配になる。

「お前のひいひいおばあさんがいつも言っていた。『ここしか、あの人にはないのよ』ってな」

 

僕が12の冬、いつものように曾祖父と(祖父と父は既に亡き人だった)僕がこの家を訪ね埃を払っていると、不意にドアのあく音がした。

「…泥棒?」

今更、と思って恐る恐る顔を上げると、玄関に立っている人物がこちらを見ていた。

「レウ…?」

その人物は僕を見て曾祖父の名を呼んだ。

フードを目深にかぶり、旅行者風のいでたちで大きなカバンを下げたその人物は、泥棒というにはあまりに不用意で、そして何よりひどくあどけない顔をしていた。

短い黒髪に白い肌、どこか異国の雰囲気を漂わせる落ち着いた目の色も、カラスの羽のように黒かった。それでも、どう見ても、その人物の年齢は20前後に見える。

「…だれ?」

がたんっと大きな音がして、曾祖父が箒を倒してこちらを見ている事に気付いた。

「ああ…やっと、お帰りになったんですね。」

酷くかすれた声を出しながら、曾祖父はよろよろとその人物に近寄り、手を握った。

「ずっと、お待ちしていましたよ。リー」

リーと曾祖父に呼ばれた人物は、一瞬眉根を寄せて辛そうな顔をしたが、すぐに優しく笑い、曾祖父の手をそっと握り返した。

「…ただいま、レウ。長い事、本当に長い事、世話になってしまったね」

 

100年帰ってこなかった主の名は、リーシィトといった。

長い長い孤独を生きる、最後の『魔法使い』との出会いだった。


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