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seventhwizard02

1.嵐の日

 

ぱたぱた、という音が、断続的に頭上から響いている。

暗い空が温室の天井から透けて、雨粒が室内の光をささやかに照り返している。

多様な緑がしげる室内は適温とは言いかねるが、外気の冷たさを思えば心地よい方だろう。

真っ黒な髪の向こうで、何を考えているんだろうか。

正面でうつむく子供を見ながら、舌打ちをしたくなる。

その日は嵐で、轟音が耳にやかましく、俺はひどくイライラしていた。

 

いつも通り、ふわふわしたゆるい表情のヨウクの爺さんがこの子供を連れてきたとき、鉄仮面のヘルヴィナのばあさんが、柄にもなくしかめ面をした。だから、この子供には何かよほどの事情があるのだろう、というところまではすぐに察した。

「ラズ、お前、ちょっとこの子の相手をしていておくれ。私はヨウクと話がある。」

「やだ」

「…」

ぎろり、とひどくにらまれて、しぶしぶ子供を温室まで連れてきたのは、まあいい。

問題は、この子供が何もしゃべらないことだ。

ヨウクの爺さんとこの家の玄関に現れたとき、爺さんともどもビショビショだったので、体をふくものを投げてよこしても無言。名前を聞いても無言。

もともと俺は子供が苦手だ。畜生あのババア知ってるくせに。

真っ黒な髪からまだ滴が滴っている。白い肌、顔も白いが、長い前髪が顔の上半分を覆っていて、その表情はとてもわかりづらかった。年のころは10より前だろうか。

おもむろにその子供が口を開いた。が、すぐにもごもごと口ごもる。

「んだよ」

ぶっきらぼうに言うと、びくりと肩を震わせたが、消え入るような声で一言つぶやいた。

「…けがしてる?」

「はあ?…ああ、足?」

昔、思い出したくもない目にあって、以来俺の右足は少し釣ったような歩き方をする。

「けがじゃねえよ」

「治す?」

「は?」

水滴が水に落ちるような小ささの声が、外の嵐の音にかき消されそうだったが、そいつは確かに頓珍漢な事を言った。が、すぐに俺は一人でははあ、と察した。さっきのばあさんの顔といい、唐突に連れ込んだヨウクの爺さんといい、色々なことに合点がいく。

(こいつ、もしかして)

 

7番目か。このご時世に。」

ヘルヴィナは、湯をポットに注ぎながら、苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「そんな顔しないでよ。ルヴィ。予想はしていたことじゃない」

苦笑いのヨウクが、カップを運ぶのを手伝う。へルヴィナは自身の車いすを不機嫌そうに席につけた。

「ああ、ずっと思っていたよ。生まれてこなければいい、と」

「ちゃんと言わないと、あの子が傷つくよ。そんな言い方しないで」

ヨウクがいらだつヘルヴィナをたしなめる。彼女は一呼吸おいて、無表情につぶやいた。

「…たった一人取り残さないといけないとわかっている子を、どうして笑顔で迎えられるんだ、ヨウク」

ヨウクは静かにお茶を啜った。温室で育てた茶葉は、この地方には全く自生しないもので(そもそも自生する草の多様性が貧弱な国である)、ここに来るたびに、彼はこのお茶を少し楽しみにしていた。

「僕は…ちょっと嬉しかった」

目を丸くしたヘルヴィナに、ヨウクは静かに言葉を続ける。

「僕は、あの子のために生きられるよ」

 

気の優しい、体の弱い、この弟弟子は、時折こんな強い目をする。ヘルヴィナは彼の目を見て、昔同じような目で言われた言葉を思い出した。そして、こんな目をするときは、何を言っても聴くことはないのである。

 

「お前、7番目の魔法使いなんだな」

俺の脚に小さな手がのっている。そいつの手は不思議と心地よい温度で、じんわりと何かが体を伝わっている事が感じられた。そいつ自身は頭に疑問符を載せたような様子でこちらを見ていた。

「爺さんから聞いていないのか?」

ふるふる、と控えめに頭を振る。

 

魔法使い、の定義を言うならば、「人から生まれる、固有の異能を持つ、概して長命の、人に良く似た種族」である。主たる生業は、その薬学の知識。異能を仕事に生かす輩も昔は多かったそうだが、100年ほど前にあったという魔法使いの排斥風潮、いわゆる「黒狩」の時代から、魔法使いが表舞台に立つことはほとんどないと聞く。異能の種類は様々で、とかく人間離れした力であれば何でもありだった。ただし概して力は、外界に影響を及ぼせない程度に微弱であることが多かった。そんな中で、他からぬきんでた力を持つもの達を「番号付き」とする風習が生まれる。昔は10やら12やら、少し数は多かったようだが、多くの時代その数は7で固定となっていた。それぞれが固有の力を持ち、そして不思議なことに、彼らが死ぬと、「同じような力を持つ魔法使い」がこの世のどこかに生まれているという。番号付きはしばしば歴史の裏で暗躍したりなんだり。いや、この辺から俺はもう勉強に飽きて、ろくろく覚えちゃいない。

 

俺は6番目の魔法使い。番号付きは代々名前を受け継ぐので、今の名前は「ラザリー」。女っぽくてあまり気に入っていない。力は「幻惑」。声、特に歌によって他者に幻を見せる、という、若干地味な力である。魔法使いになったのは14。今、俺は30の年齢になろうとしているが、外見は14のころと全く変わっていないと言っていい。

1番目がヘルヴィナ。世界中の生き物、無機物、「記憶」の概念を持つものなら何でもその言葉を聞くことができる「耳」の持ち主で、目下俺の師匠お目付け役。頑固なババアだが、いったい何歳なのか見当もつかない。足が立たないのは生まれつきだと聞いている。

ヨウクの爺さんは3番目。ふわふわ、へらへらとした爺さんだが、昔はさぞモテただろう、という整った顔立ちで、ヘルヴィナの弟弟子だと聞く。力は「千里眼」。あらゆるものが見える癖に、人が引いてしまうほどの読書狂、知識収集狂で、いつも子供の様にわくわくしているように見える。そのかわり生活力はゼロだ。

他に、4番目のディート、6番目のイヒサが居る。2番目は欠番だと、昔、詳細を聞くのをはばかる雰囲気のヘルヴィナから聞いた事がある。

 

そして、7番目。目の前にいるこいつだろう。

 

「お前の力は『治癒』だろ。力は他者の回復。珍しいんだぞ。んで、番号付きの中でも超長命だってきくな」

「魔法使い…」

じんわりと暖かかった足に、ピリっと痛みが走り、俺は思わずびくっと身を引いた。

「治りました」

ぼんやりとした雰囲気のまま、子供は手を引いた。想像通り、足のつったような感覚が綺麗に消えている。

「…お前の名前はリーシィトだ」

 

ガチャ、温室のとドアが開いて、ヘルヴィナとヨウクが入ってきた。

外はまだ酷い嵐で、渡り通路もかなりの強風が吹いていたのだろう。

室外からの風が俺たちの座り込んだ場所まで吹き込んで、子供の前髪を吹かせた。

黒い髪の向こうで、宵闇の様に深い黒の瞳が、俺を見ていた。

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