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草稿
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fragment02
悪い神様
村の奥の森には悪い神様がいて、いつも人を呪っている。
だから近づいちゃいけないと、何度も何度も言われていた。
飼っていた鳥が逃げて、ロノが夢中で追いかけ、ようやく気付いた時には、既に来たこともない森の奥まで足を踏み入れていた。暗くて、深くて、怖い。トキのばあさまの声が何度も頭で繰り返された。悪い神様が居るよ。悪い神様のいる森へは行ってはいけないよ。
すっかり迷ってしまって、とぼとぼと藪を歩いていると、真っ暗な森に明かりがさしていた。
月明かりだ。水に反射している。湖があったのだろうか。のどがカラカラのロノはおそるおそる近づいていった。
白い光が濃い影を作っている。水は澄んで、水底まで見えるほどだ。村では目にしない魚も泳いでいる。
無心に水をすくって口に運んでいると、聞きなれた羽音とさえずりが聞こえた。
急いで顔を上げると、ずっと探していた鳥がそこにいた。誰かの、指先に止まってじっとこちらを見ていた。
誰かの?誰の?
つと目を向けると、その人影もこちらを向いた。
悪い神様だ。きっとそうだ。
ロノは身をすくめた。
月明かりに照らされて、湖の淵の岩に腰かけたその人は、とても黒い色の服を着ていた。
きっとこの場所じゃなかったら、その姿に気付けないだろう。髪の毛も真っ黒。肌も浅黒い。
そして、真っ赤な目をしていた。泣きはらしたような、目をしていた。
ロノはすぐに警戒心を解いた。何しろその人は、本当に泣いていたからだ。
悪い神様は泣かない。きっともっと悪い顔をしている。
その人はロノが思い描いていた悪い神様とは、かけ離れた、あまりに優しい顔をしていた。
「あなたは誰?その鳥、私の鳥なんだけど、返してくれる?」
少し震えながら、ロノは遠くのその人に呼びかけた。
ぽかん、とした顔で、その人は少し戸惑っていたが、すぐに立ち上がって、そっちに行く、という身振りをした。
何事も無いかのように、その人は湖の上を歩いていくる。
今度はロノがぽかんとした顔で、その人を見つめた。
「…はい。どうぞ。」
ちょっとかすれた声で、その人はそっと鳥を手渡した。
その人、に気を配りながらも、ロノはほっとして鳥を撫でた。もともとおとなしい子だ。
近所の悪がきが脅かして、家から飛び出してしまっただけなのだ。
安心したようにふくふくと毛を膨らまして、ロノの肩に収まった。
「ありがとう。」
「どういたしまして。…君は、怖くないの?」
「何が?あなたが?」
物おじしない少女に、その人は面食らっている。
「村の人は誰も近寄らないでしょう?」
「悪い神様なの?」
「みんなはそう呼んでるみたい。きっとそうなのかな。」
真っ赤な目を伏せてしまうと、その人は真っ黒で闇夜に紛れてしまいそうだった。
「全然怖くないよ。本当にあなたが悪い神様なの?」
きょとんとするロノに、きょとん、としたその人は返した。
「…わかんない。そんなこと言うの、君が初めてだもの。」
「へんなの。ずっと泣いてたの?目が真っ赤っか。あのねえ、ロウキの花の煎じたのが、目がはれたときに良いって、トキのばーさまが言ってた。」
「…心配してくれるの?」
「だって目がはれると痛いでしょ。ひりひりするでしょ。あと泣くと疲れるでしょ。」
変な子。
そういって、わるいかみさまは笑った。
**
「こんばんは。ロノ」
「こんばんは。うさぎのかみさま」
あれから何年もたった。ロノはこの人を、うさぎのかみさまと呼ぶことにした。面倒くさいときはうさぎさんと呼んだ。
森の奥へは入っていけない事になっていたから、結局会うのは夜中にこっそりだ。
「こんなとこに来ても、楽しくないんじゃないの?」
「面白いよ。村より星が良く見える。おかげで村じゃ、『居眠り娘』扱いだけどね」
にっと笑って見せる。ロノはとても大きくなった。兎のかみさまはあまり姿は変わらなかったけど、真っ赤に腫れた目は治って、今はやっぱり黒い目がロノを見ている。
「寝る子は育つ、とか言ってさ。寝てないのにねえ。」
背丈がぐんと伸びて、男の子のようないでたちの少女をうさぎのかみさまは笑った。
「寝なきゃダメだよ。体に悪いよ。」
「でも、私が来ないとうさぎさんの目がすぐに腫れるんだもの。とんださびしがりの神様がいたもんだ。」
「ロノが来ると、夜だけど昼の様だなって。ロノが来ないと、昔を思い出してしまう。」
しょんぼりとする神様は、まるで人そのものだ。本当に神様なのか疑わしくなってしまう。
「うさぎさんは悪い神様じゃない。私が保証する。っていうか、こんな悪い事する度胸もなさそうな神様の方が珍しい。」
「…ほめてない…」
ふへ、と笑う神様は、そこら辺のお兄さんと変わらない顔をしていた。
結局彼が悪い神様と呼ばれる存在であることは確かなようだった。でも、別に彼が悪いことをしたわけではない。
彼は、何もできなかった神様だった。
何もできなかったから、次第に心が離れ、信仰が離れ、そんなぞんざいな扱いが原因、と、天災や人災を彼のたたりにされた。気付けば彼はすっかり、悪い神様、という信仰の元、村に根付いてしまっていたのだ。
「みんなも話してみれば、絶対悪い神様ではないってわかるのにね。」
「…どうかなあ。きっと悪い神様だって信じている人には、僕は怪物みたいに見えるんだと思う。ロノは僕と話したから、そう思うし、そう見えるだけかもしれない。」
そもそも神様が見えること自体が異質なのだ。と彼は言う。
絶えてしまった神官の血筋なのか、あまりに薄い信仰心がなす業なのか。
「どうでもいいよ。私にはうさぎさんは全然怖くないし。色々物知りで面白いし。」
ざっくばらんでおおざっぱ。闊達で全身がばねのように力で満ちている。ロノはそんな少女だった。
あまりに僕と違う。
うさぎのかみさまはいつも心の中で、いつまでもこうは居られない、居ちゃいけない、と思っていた。でも。
ただ、憧れて、やまない。大切で、仕方がない。
いつか彼女も大人になって、僕のことなど忘れていく。
そんなことを考えては、少し泣いた。
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