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junkword05

非当事者達に
 
 
****
Myosotis scorpioides
****
 
ヒグラシが鳴いているのが聞こえた。
グラウンドには日が落ちる早さも気に留めないでボールを追い掛け回す部員たち。
校門には彼氏待ちの彼女。虫たちが控えめに鳴き始めて、日が焦らす様に落ちていく。
「…お、アキー。今帰りかー?」
格子の向こうで野球部員の一人が声をかけてきた。クラスメイトの中でも結構仲の良い奴だ。
「今帰りー。おつかれー。」
呼ばれて去っていく野球帽の後姿に手を振って、校門を抜ける。
夏休みも終わったし、またいつもの生活。まあ、悪くは無い。
「アキっていつもそういうよなー」
 
顔を上げるが、誰もいない。耳に聞こえたわけではないのはわかっている。
どこかで聞いた、誰かのせりふなのだろう。そう、いつか言われたのだ。
そういうことは良くあるものだと思う。問題は、ここ2・3日に訪れるこの無意識の回想は
いつでも同じ声なのだということ。そこにわずかな違和感を感じている。
 
が、すぐに忘れる。些細なことだし、デジャヴというのもある。人間自分の事だってよくわからないのは
当たり前だ。問題無し。早く帰ろう。
 
「ただいまー」
「お邪魔しマース」
…まただ。後ろから聞こえる、いや聞こえていたあの声。
いったい誰だったんだっけ。親が留守がちな俺の家によく遊びに来ていたアイツ。
 
晩夏、秋に差し掛かる夕空は、曇りがちで狭い。
 

 
もう1つ、気にかかる事がある。
「倉田君、今日日誌の係りだからね」
「っ!?…お、おう」
隣の席の、森瑞穂。女子。黒いロングヘアの、もっぱら男子のねらい目という噂の美人。
でも俺にとってはそんなことどうだって良い。隣の席になったことをどんなに羨ましがられようが、
俺としては出来るだけ離れていたい。声をかけられるだけでいちいち飛び上がるほどに。
俺はこの女が、怖い。
「ホームルーム始まる前にとりに行って」
「おー…。」
その理由は、全く解らない。ただ、怖いのだ。
 

 
その日の放課後、隣のクラスの担任に声をかけられた。
「倉田―、ちょっと頼みたいんだがー。」
「なんすか?」
「柊んちとなりだろ?悪いんだが、この書類届けてくれるか?」
「…いいですけど、どうかしたんですか?」
「…ほら、亡くなった後、アイツに関する文集やら部活の作品やら出てきてさ。ご両親にな。」
ああ、と気の無い返事をした。
そういえば、隣の柊翔太は夏休み中に事故で死んだんだった。おとなしい、地味な美術部の男子だった。
「悪いな、幼馴染だからって使っちまって」
「いいですよ、別に…」
言葉の途中でふと思考が停止した。幼馴染?
頼んだーといって去っていく教師は全く気にも留めなかった。俺は廊下の真ん中でモヤモヤとした
頭の中の網を掻い潜ろうとあがいている。
幼馴染?
何も、覚えてないけど。ただの、お隣さん、だと。
あれ?
帰る途中、そっと渡された中身をのぞくと、そのなかに自画像があった。まだ頼りない筆遣い。
裏には一年ヒイラギと書いてあり、昨年製作されたものだとわかる。
「…あ、そう、こんな顔だった。翔太…ショータ。…あれ?」
頭がずきずきと痛み出す。モヤモヤしているものが濃くなっていくような感覚に襲われる。
「アキっていっつもそういうよなー」
隣で苦笑いをする、少年の顔がよぎる。
「お邪魔しマース。…あ、俺家からモンハンもってくるわーちょい待ってて。」
「ねみー、ねみー…。悪い、コーヒー買ってきて…。…ケチ。」
言葉と表情が流れていく。どこかに押し込めていたものがなだれ込むように。
 

 
何とか平然と隣の家のおばさんに頼まれ物を渡すと、逃げるように自宅に駆け込んだ。
 
「忘れてた…?アイツ、いつの間に死んで…俺…アイツのこと全く…」
頭が痛い。涙も出てきた。思えばどこかぽっかりと空いていた、誰かの居場所。
下校する道の連れ、休み時間に忘れ物を借りにいく相手、ゲームの話…。
すべて、無かったことにしていた。
そして同時に何かへの恐怖を思い出す。あの、恐怖。
 

 
「…森さん、さ、隣のクラスの柊って、知ってる?」
「…この間亡くなったんでしょ。話すごかったもん。知らないわけ無いじゃん」
平然と、至極当たり間のことを答えられる。どう質問したって俺のほうがおかしいのは解ってる。
「そ、か。あ、ごめん。なんでもない。」
いまだにこの恐怖の正体がわからない。ただ、何か、強制的な力の差におびえるような。
「柊君が、どうかしたの?」
何気ない言葉に、俺はまたびくっと飛び上がる。
「あ、ほんとなんでもないんだ。わり、ちょっとトイレいってくる」
 
何が変、って、俺が変なんだ。でもどうしてだろう。いつからこんな事に?
思い返してみる。もちろん、アイツが生きていた間は、昔ほどではないにしろ交流があった。
時々一緒に帰ったり、昼飯を付き合ったりしていたと思う。
何が、あったんだっけ…?
 

 
また、ヒグラシの声が響きだす。
夕暮れ、俺は人の少ない廊下でまた飛び上がった。
「倉田君。ちょっとごめん」
「な、何?森さん??」
赤い日が差し込んで、廊下は一色に染められている。窓からは部活の連中の声がする。もうあいつらも上がりの時間だ。
「柊君のこと、なんだけど。幼馴染だっけ?」
「…う、うん。そうだけど…。」
ふっと、空気が変わった。
赤い廊下に、黒い長い髪の女子学生。学年1・2を争う美少女。
でも彼女と対面したその時の俺の頭の中では、誰かがサイレンを鳴らしていた。に げ ろ って。
 
「思い出しちゃ、だめ。忘れるの。」
「え?」
「君が思い出す資格なんか、無い。馬鹿みたい。こんなに何度も手間かけさせて」
「…もり、さん?」
「新城クン、もう一度お願いね」
音もなく、一人の男子学生が現れた。何度か見かけたことがある。めがねをかけた細身の少年だ。
「…ミズホ、君、少し変だ」
「いいから。困るでしょ??」
彼女がこちらを見た。憎悪に限りなく誓い目で、軽蔑もこめて。
そして俺はその目を知っていた。何度も、何度も見据えられ、そして、奪っていった目だ。
「…やめ、ろよ。…また、やるのか?…何度目、だっ…け…?」
声が震えてくる。すくむ足をこらえて、俺は逃げ出した。
「!!…待ちなさい!!」
彼女が追ってくるのが解った。でも止まれなかった。つかまったらきっとまたアイツのことを忘れてしまう。
どこか不安定な生活の中で、ぼんやりとした毎日を送って、あいつの不在に悲しむことも無く。懺悔することもなく…。
 
懺 悔 っ て 何 の ?
 

 
どん、と誰かにぶつかった。
顔を上げると、1つ上の学年の男子が立ちふさがっていた。
かなり柄が悪い。がたいもでかく、とても逃げられそうに無い力で腕をつかまれた。
 
「は、はなせ…!」
「…ミズホ、まだやる気なのか。」
そいつも森のことを知っているようで、心なしか悲しげな目で彼女を見つめた。
「…何度だって、やるわ。ルールでしょ」
「でも、ね、ミズホ。ちょっとやりすぎ…」
「ルールでしょっ!!」
現れた女子学生に対し、森は叫ぶような声で遮った。
 
俺は彼女の目が怖くて、腕をつかまれたままその場でうずくまった。
「…また、奪うんだ。あいつの、事。俺から…。」
その声を聞いた森は、とうとう箍が外れたように怒鳴りだした。
「あんたが奪ったんでしょ!?私たちから、彼を!!あんたが余計な詮索するから、こんな、馬鹿みたいな…」
「…奪った?」
「あんたが柊君を死なせたんだ!!」
「ミズホっ、落ち着け、言いすぎだ!」
 
3人のうちの誰かが、彼女をたしなめた。でも俺はそんなこと聞いていなかった。
俺が、死なせた。
最後の記憶が開いていく。あの日、夏休みの最後の週。初めてヒグラシが聞こえた夕暮れのこと。
 

 
最近どこへ行ってもごまかされる。きっと彼女でもできたんだろう、あいつめ。
そんな事を考えながら、あいつをつけて学校まで来たのは、確かにただの好奇心だし、
品の無い冷やかしだったから、正直うまくつくろえない。
でもそれどころじゃなくなったのは、あいつが化け物に追いかけられて飛び出してきた時。
「あ、アキっ!?」
俺は、おまえ、これ、なんだよ、とか、そう必死に言っていた気がする。でも記憶はあやふやだ。
それまで逃げ続けていたショウタは俺に背を向けて、かばうようにソレに立ちはだかった。
「逃げろ、はやくっ」
「これ、マジ…?ショウタ、おまえ、なにかばって、お前も逃げろよっ」
ショウタの腕をグイ、っと引っ張ると、何かの準備を遮ってしまったらしくあいつは慌てだした。
「ばかっ、はやくアキだけで逃げろって…っ!」
…その後のことは、真っ白だったことくらいしか記憶に無い。
目が覚めたら、あいつは血だらけ。俺はあいつに突き飛ばされて、藪に突っ込んでいた。
蒼白の顔をした4人、森、新城ともう二人があいつを囲んで突っ立っていた。
俺は動けなくて、ただどうしようもなく呆然としていた。
「…あんたの、せいだ」
森がつぶやいた。新城が進み出て、何か不思議な光を俺に向けた。
「…ここでおきたこと、忘れてもらうから」
とても、冷たい声だった事は、よく覚えている。
 

 
「…そ、か。おれ、あいつの邪魔して」
新城の顔が歪んだ。
「どうする、ユキ。彼はどうしても忘れられないみたいね」
柿島ノリコ、と名乗った女子学生が苦笑いで新城をみた。新城は目を閉じて、ため息をついた。
「何でよ、もう一回するんでしょ!?見られちゃまずいんでしょ!?」
森が怒鳴る。新城は森をみて、つぶやく。
「…ミズホ、あんまり繰り返すと、彼が壊れちゃうよ…」
「お前、少し落ち着けよ。柊恋しさのあまり人殺してちゃ、あいつが浮かばれねえって」
柄の悪い先輩、野田キヨノリが森をしかる。
「だって、こいつが出てこなかったら、ちゃんと柊君は合流地点までこれたし、少なくとも死ぬことも無かった…!」
ぼたぼたと大粒の涙が森の頬を伝って落ちていく。
「でも、彼が守った人を、壊しちゃうのはきっと悲しむと思うな」
よしよし、と頭をなでながら、柿島がなだめる。
「それにさ、なんどもなんども思い出しちゃうって事は、この人だってすんごい後悔してるんだよ」
「…」
森は顔を覆ってしゃがみこんでしまったが、それ以上何も言わなかった。
「…さて、倉田アキ君、だよね。君に選択肢は2個ある」
新城が向き直って、静かに言った。
「1つはもう一度だけこの光ですべてを忘れる。忘れたら僕らは全力で君が思い出そうとするきっかけを阻止する。
だから君は二度と思い出さないし、悔やむことも無い。彼女を怖がることもなくなると思う」
「…もう1つは、全部を受け入れて、これから普段どおり生活。わかるな?」
新城と野田に囲まれて、俺はぼんやりとしたまま選択を迫られた。もう外は真っ暗だ。ヒグラシも聞こえない。
 

 
チャイムがなって、授業が始まった。退屈な古典の授業だ。
外の景色は枯れ木が目立ち始め、秋の気配は濃くなる一方だ。外のグラウンドの連中はジャージを着込み始めている。
正義の味方
ぽつりとそんな言葉が頭に浮かんだ。
忘れるか、の問いは、もちろん否だ。
忘れること自体が、罪になることだって、ある。それに、あいつはやっぱり俺にとって大きい存在だったようだ。
忘れるなんて、出来るわけない。一緒に生きたことも、死なせたことも、生かされたことも。
あいつらが何なのか、いまだに説明はされていない。
ただいつもどおりの生活をすることと、口外しないことだけを条件に、俺は記憶を許された。
あの化け物も、彼らの不思議な力も、さっぱりわからない。
でもあいつらが何かの個人的な利益のためにやっているとは、思えなかった。
誰もが辛そうだったし、あいつが死んだ後でも、活動は続いているらしいからだ。
だからきっと、あいつらは正義の味方みたいなもんなんだ、と解釈している。
ぽやん、としているくせに、妙に責任感のあったあいつには全くふさわしい役職じゃないか…。
 
かくん、と頭が動いた。
隣の席の正義の味方は、最近お疲れのようだ。敵さんは夜にしか出ないらしい。
誰も知らない。誰も評価しない。そういうところで戦っている。
だったら俺は、こいつらのことも絶対忘れない。何の足しにもならないけど、応援しているつもりだ。
だから、彼女のノートがミミズで埋め尽くされる前に、そっと隣の席の美少女戦士を小突いてやった。




※マジ古いです…大学入る前じゃね?
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