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草稿
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junkword05
非当事者達に
****
Myosotis scorpioides
****
ヒグラシが鳴いているのが聞こえた。
グラウンドには日が落ちる早さも気に留めないでボールを追い掛け回す部員たち。
校門には彼氏待ちの彼女。虫たちが控えめに鳴き始めて、日が焦らす様に落ちていく。
「…お、アキー。今帰りかー?」
格子の向こうで野球部員の一人が声をかけてきた。クラスメイトの中でも結構仲の良い奴だ。
「今帰りー。おつかれー。」
呼ばれて去っていく野球帽の後姿に手を振って、校門を抜ける。
夏休みも終わったし、またいつもの生活。まあ、悪くは無い。
「アキっていつもそういうよなー」
顔を上げるが、誰もいない。耳に聞こえたわけではないのはわかっている。
どこかで聞いた、誰かのせりふなのだろう。そう、いつか言われたのだ。
そういうことは良くあるものだと思う。問題は、ここ2・3日に訪れるこの無意識の回想は
いつでも同じ声なのだということ。そこにわずかな違和感を感じている。
が、すぐに忘れる。些細なことだし、デジャヴというのもある。人間自分の事だってよくわからないのは
当たり前だ。問題無し。早く帰ろう。
「ただいまー」
「お邪魔しマース」
…まただ。後ろから聞こえる、いや聞こえていたあの声。
いったい誰だったんだっけ。親が留守がちな俺の家によく遊びに来ていたアイツ。
晩夏、秋に差し掛かる夕空は、曇りがちで狭い。
*
もう1つ、気にかかる事がある。
「倉田君、今日日誌の係りだからね」
「っ!?…お、おう」
隣の席の、森瑞穂。女子。黒いロングヘアの、もっぱら男子のねらい目という噂の美人。
でも俺にとってはそんなことどうだって良い。隣の席になったことをどんなに羨ましがられようが、
俺としては出来るだけ離れていたい。声をかけられるだけでいちいち飛び上がるほどに。
俺はこの女が、怖い。
「ホームルーム始まる前にとりに行って」
「おー…。」
その理由は、全く解らない。ただ、怖いのだ。
*
その日の放課後、隣のクラスの担任に声をかけられた。
「倉田―、ちょっと頼みたいんだがー。」
「なんすか?」
「柊んちとなりだろ?悪いんだが、この書類届けてくれるか?」
「…いいですけど、どうかしたんですか?」
「…ほら、亡くなった後、アイツに関する文集やら部活の作品やら出てきてさ。ご両親にな。」
ああ、と気の無い返事をした。
そういえば、隣の柊翔太は夏休み中に事故で死んだんだった。おとなしい、地味な美術部の男子だった。
「悪いな、幼馴染だからって使っちまって」
「いいですよ、別に…」
言葉の途中でふと思考が停止した。幼馴染?
頼んだーといって去っていく教師は全く気にも留めなかった。俺は廊下の真ん中でモヤモヤとした
頭の中の網を掻い潜ろうとあがいている。
幼馴染?
何も、覚えてないけど。ただの、お隣さん、だと。
あれ?
帰る途中、そっと渡された中身をのぞくと、そのなかに自画像があった。まだ頼りない筆遣い。
裏には一年ヒイラギと書いてあり、昨年製作されたものだとわかる。
「…あ、そう、こんな顔だった。翔太…ショータ。…あれ?」
頭がずきずきと痛み出す。モヤモヤしているものが濃くなっていくような感覚に襲われる。
「アキっていっつもそういうよなー」
隣で苦笑いをする、少年の顔がよぎる。
「お邪魔しマース。…あ、俺家からモンハンもってくるわーちょい待ってて。」
「ねみー、ねみー…。悪い、コーヒー買ってきて…。…ケチ。」
言葉と表情が流れていく。どこかに押し込めていたものがなだれ込むように。
*
何とか平然と隣の家のおばさんに頼まれ物を渡すと、逃げるように自宅に駆け込んだ。
「忘れてた…?アイツ、いつの間に死んで…俺…アイツのこと全く…」
頭が痛い。涙も出てきた。思えばどこかぽっかりと空いていた、誰かの居場所。
下校する道の連れ、休み時間に忘れ物を借りにいく相手、ゲームの話…。
すべて、無かったことにしていた。
そして同時に何かへの恐怖を思い出す。あの、恐怖。
*
「…森さん、さ、隣のクラスの柊って、知ってる?」
「…この間亡くなったんでしょ。話すごかったもん。知らないわけ無いじゃん」
平然と、至極当たり間のことを答えられる。どう質問したって俺のほうがおかしいのは解ってる。
「そ、か。あ、ごめん。なんでもない。」
いまだにこの恐怖の正体がわからない。ただ、何か、強制的な力の差におびえるような。
「柊君が、どうかしたの?」
何気ない言葉に、俺はまたびくっと飛び上がる。
「あ、ほんとなんでもないんだ。わり、ちょっとトイレいってくる」
何が変、って、俺が変なんだ。でもどうしてだろう。いつからこんな事に?
思い返してみる。もちろん、アイツが生きていた間は、昔ほどではないにしろ交流があった。
時々一緒に帰ったり、昼飯を付き合ったりしていたと思う。
何が、あったんだっけ…?
*
また、ヒグラシの声が響きだす。
夕暮れ、俺は人の少ない廊下でまた飛び上がった。
「倉田君。ちょっとごめん」
「な、何?森さん??」
赤い日が差し込んで、廊下は一色に染められている。窓からは部活の連中の声がする。もうあいつらも上がりの時間だ。
「柊君のこと、なんだけど。幼馴染だっけ?」
「…う、うん。そうだけど…。」
ふっと、空気が変わった。
赤い廊下に、黒い長い髪の女子学生。学年1・2を争う美少女。
でも彼女と対面したその時の俺の頭の中では、誰かがサイレンを鳴らしていた。に げ ろ って。
「思い出しちゃ、だめ。忘れるの。」
「え?」
「君が思い出す資格なんか、無い。馬鹿みたい。こんなに何度も手間かけさせて」
「…もり、さん?」
「新城クン、もう一度お願いね」
音もなく、一人の男子学生が現れた。何度か見かけたことがある。めがねをかけた細身の少年だ。
「…ミズホ、君、少し変だ」
「いいから。困るでしょ??」
彼女がこちらを見た。憎悪に限りなく誓い目で、軽蔑もこめて。
そして俺はその目を知っていた。何度も、何度も見据えられ、そして、奪っていった目だ。
「…やめ、ろよ。…また、やるのか?…何度目、だっ…け…?」
声が震えてくる。すくむ足をこらえて、俺は逃げ出した。
「!!…待ちなさい!!」
彼女が追ってくるのが解った。でも止まれなかった。つかまったらきっとまたアイツのことを忘れてしまう。
どこか不安定な生活の中で、ぼんやりとした毎日を送って、あいつの不在に悲しむことも無く。懺悔することもなく…。
懺 悔 っ て 何 の ?
*
どん、と誰かにぶつかった。
顔を上げると、1つ上の学年の男子が立ちふさがっていた。
かなり柄が悪い。がたいもでかく、とても逃げられそうに無い力で腕をつかまれた。
「は、はなせ…!」
「…ミズホ、まだやる気なのか。」
そいつも森のことを知っているようで、心なしか悲しげな目で彼女を見つめた。
「…何度だって、やるわ。ルールでしょ」
「でも、ね、ミズホ。ちょっとやりすぎ…」
「ルールでしょっ!!」
現れた女子学生に対し、森は叫ぶような声で遮った。
俺は彼女の目が怖くて、腕をつかまれたままその場でうずくまった。
「…また、奪うんだ。あいつの、事。俺から…。」
その声を聞いた森は、とうとう箍が外れたように怒鳴りだした。
「あんたが奪ったんでしょ!?私たちから、彼を!!あんたが余計な詮索するから、こんな、馬鹿みたいな…」
「…奪った?」
「あんたが柊君を死なせたんだ!!」
「ミズホっ、落ち着け、言いすぎだ!」
3人のうちの誰かが、彼女をたしなめた。でも俺はそんなこと聞いていなかった。
俺が、死なせた。
最後の記憶が開いていく。あの日、夏休みの最後の週。初めてヒグラシが聞こえた夕暮れのこと。
*
最近どこへ行ってもごまかされる。きっと彼女でもできたんだろう、あいつめ。
そんな事を考えながら、あいつをつけて学校まで来たのは、確かにただの好奇心だし、
品の無い冷やかしだったから、正直うまくつくろえない。
でもそれどころじゃなくなったのは、あいつが化け物に追いかけられて飛び出してきた時。
「あ、アキっ!?」
俺は、おまえ、これ、なんだよ、とか、そう必死に言っていた気がする。でも記憶はあやふやだ。
それまで逃げ続けていたショウタは俺に背を向けて、かばうようにソレに立ちはだかった。
「逃げろ、はやくっ」
「これ、マジ…?ショウタ、おまえ、なにかばって、お前も逃げろよっ」
ショウタの腕をグイ、っと引っ張ると、何かの準備を遮ってしまったらしくあいつは慌てだした。
「ばかっ、はやくアキだけで逃げろって…っ!」
…その後のことは、真っ白だったことくらいしか記憶に無い。
目が覚めたら、あいつは血だらけ。俺はあいつに突き飛ばされて、藪に突っ込んでいた。
蒼白の顔をした4人、森、新城ともう二人があいつを囲んで突っ立っていた。
俺は動けなくて、ただどうしようもなく呆然としていた。
「…あんたの、せいだ」
森がつぶやいた。新城が進み出て、何か不思議な光を俺に向けた。
「…ここでおきたこと、忘れてもらうから」
とても、冷たい声だった事は、よく覚えている。
*
「…そ、か。おれ、あいつの邪魔して」
新城の顔が歪んだ。
「どうする、ユキ。彼はどうしても忘れられないみたいね」
柿島ノリコ、と名乗った女子学生が苦笑いで新城をみた。新城は目を閉じて、ため息をついた。
「何でよ、もう一回するんでしょ!?見られちゃまずいんでしょ!?」
森が怒鳴る。新城は森をみて、つぶやく。
「…ミズホ、あんまり繰り返すと、彼が壊れちゃうよ…」
「お前、少し落ち着けよ。柊恋しさのあまり人殺してちゃ、あいつが浮かばれねえって」
柄の悪い先輩、野田キヨノリが森をしかる。
「だって、こいつが出てこなかったら、ちゃんと柊君は合流地点までこれたし、少なくとも死ぬことも無かった…!」
ぼたぼたと大粒の涙が森の頬を伝って落ちていく。
「でも、彼が守った人を、壊しちゃうのはきっと悲しむと思うな」
よしよし、と頭をなでながら、柿島がなだめる。
「それにさ、なんどもなんども思い出しちゃうって事は、この人だってすんごい後悔してるんだよ」
「…」
森は顔を覆ってしゃがみこんでしまったが、それ以上何も言わなかった。
「…さて、倉田アキ君、だよね。君に選択肢は2個ある」
新城が向き直って、静かに言った。
「1つはもう一度だけこの光ですべてを忘れる。忘れたら僕らは全力で君が思い出そうとするきっかけを阻止する。
だから君は二度と思い出さないし、悔やむことも無い。彼女を怖がることもなくなると思う」
「…もう1つは、全部を受け入れて、これから普段どおり生活。わかるな?」
新城と野田に囲まれて、俺はぼんやりとしたまま選択を迫られた。もう外は真っ暗だ。ヒグラシも聞こえない。
*
チャイムがなって、授業が始まった。退屈な古典の授業だ。
外の景色は枯れ木が目立ち始め、秋の気配は濃くなる一方だ。外のグラウンドの連中はジャージを着込み始めている。
正義の味方
ぽつりとそんな言葉が頭に浮かんだ。
忘れるか、の問いは、もちろん否だ。
忘れること自体が、罪になることだって、ある。それに、あいつはやっぱり俺にとって大きい存在だったようだ。
忘れるなんて、出来るわけない。一緒に生きたことも、死なせたことも、生かされたことも。
あいつらが何なのか、いまだに説明はされていない。
ただいつもどおりの生活をすることと、口外しないことだけを条件に、俺は記憶を許された。
あの化け物も、彼らの不思議な力も、さっぱりわからない。
でもあいつらが何かの個人的な利益のためにやっているとは、思えなかった。
誰もが辛そうだったし、あいつが死んだ後でも、活動は続いているらしいからだ。
だからきっと、あいつらは正義の味方みたいなもんなんだ、と解釈している。
ぽやん、としているくせに、妙に責任感のあったあいつには全くふさわしい役職じゃないか…。
かくん、と頭が動いた。
隣の席の正義の味方は、最近お疲れのようだ。敵さんは夜にしか出ないらしい。
誰も知らない。誰も評価しない。そういうところで戦っている。
だったら俺は、こいつらのことも絶対忘れない。何の足しにもならないけど、応援しているつもりだ。
だから、彼女のノートがミミズで埋め尽くされる前に、そっと隣の席の美少女戦士を小突いてやった。
※マジ古いです…大学入る前じゃね?
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Myosotis scorpioides
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ヒグラシが鳴いているのが聞こえた。
グラウンドには日が落ちる早さも気に留めないでボールを追い掛け回す部員たち。
校門には彼氏待ちの彼女。虫たちが控えめに鳴き始めて、日が焦らす様に落ちていく。
「…お、アキー。今帰りかー?」
格子の向こうで野球部員の一人が声をかけてきた。クラスメイトの中でも結構仲の良い奴だ。
「今帰りー。おつかれー。」
呼ばれて去っていく野球帽の後姿に手を振って、校門を抜ける。
夏休みも終わったし、またいつもの生活。まあ、悪くは無い。
「アキっていつもそういうよなー」
顔を上げるが、誰もいない。耳に聞こえたわけではないのはわかっている。
どこかで聞いた、誰かのせりふなのだろう。そう、いつか言われたのだ。
そういうことは良くあるものだと思う。問題は、ここ2・3日に訪れるこの無意識の回想は
いつでも同じ声なのだということ。そこにわずかな違和感を感じている。
が、すぐに忘れる。些細なことだし、デジャヴというのもある。人間自分の事だってよくわからないのは
当たり前だ。問題無し。早く帰ろう。
「ただいまー」
「お邪魔しマース」
…まただ。後ろから聞こえる、いや聞こえていたあの声。
いったい誰だったんだっけ。親が留守がちな俺の家によく遊びに来ていたアイツ。
晩夏、秋に差し掛かる夕空は、曇りがちで狭い。
*
もう1つ、気にかかる事がある。
「倉田君、今日日誌の係りだからね」
「っ!?…お、おう」
隣の席の、森瑞穂。女子。黒いロングヘアの、もっぱら男子のねらい目という噂の美人。
でも俺にとってはそんなことどうだって良い。隣の席になったことをどんなに羨ましがられようが、
俺としては出来るだけ離れていたい。声をかけられるだけでいちいち飛び上がるほどに。
俺はこの女が、怖い。
「ホームルーム始まる前にとりに行って」
「おー…。」
その理由は、全く解らない。ただ、怖いのだ。
*
その日の放課後、隣のクラスの担任に声をかけられた。
「倉田―、ちょっと頼みたいんだがー。」
「なんすか?」
「柊んちとなりだろ?悪いんだが、この書類届けてくれるか?」
「…いいですけど、どうかしたんですか?」
「…ほら、亡くなった後、アイツに関する文集やら部活の作品やら出てきてさ。ご両親にな。」
ああ、と気の無い返事をした。
そういえば、隣の柊翔太は夏休み中に事故で死んだんだった。おとなしい、地味な美術部の男子だった。
「悪いな、幼馴染だからって使っちまって」
「いいですよ、別に…」
言葉の途中でふと思考が停止した。幼馴染?
頼んだーといって去っていく教師は全く気にも留めなかった。俺は廊下の真ん中でモヤモヤとした
頭の中の網を掻い潜ろうとあがいている。
幼馴染?
何も、覚えてないけど。ただの、お隣さん、だと。
あれ?
帰る途中、そっと渡された中身をのぞくと、そのなかに自画像があった。まだ頼りない筆遣い。
裏には一年ヒイラギと書いてあり、昨年製作されたものだとわかる。
「…あ、そう、こんな顔だった。翔太…ショータ。…あれ?」
頭がずきずきと痛み出す。モヤモヤしているものが濃くなっていくような感覚に襲われる。
「アキっていっつもそういうよなー」
隣で苦笑いをする、少年の顔がよぎる。
「お邪魔しマース。…あ、俺家からモンハンもってくるわーちょい待ってて。」
「ねみー、ねみー…。悪い、コーヒー買ってきて…。…ケチ。」
言葉と表情が流れていく。どこかに押し込めていたものがなだれ込むように。
*
何とか平然と隣の家のおばさんに頼まれ物を渡すと、逃げるように自宅に駆け込んだ。
「忘れてた…?アイツ、いつの間に死んで…俺…アイツのこと全く…」
頭が痛い。涙も出てきた。思えばどこかぽっかりと空いていた、誰かの居場所。
下校する道の連れ、休み時間に忘れ物を借りにいく相手、ゲームの話…。
すべて、無かったことにしていた。
そして同時に何かへの恐怖を思い出す。あの、恐怖。
*
「…森さん、さ、隣のクラスの柊って、知ってる?」
「…この間亡くなったんでしょ。話すごかったもん。知らないわけ無いじゃん」
平然と、至極当たり間のことを答えられる。どう質問したって俺のほうがおかしいのは解ってる。
「そ、か。あ、ごめん。なんでもない。」
いまだにこの恐怖の正体がわからない。ただ、何か、強制的な力の差におびえるような。
「柊君が、どうかしたの?」
何気ない言葉に、俺はまたびくっと飛び上がる。
「あ、ほんとなんでもないんだ。わり、ちょっとトイレいってくる」
何が変、って、俺が変なんだ。でもどうしてだろう。いつからこんな事に?
思い返してみる。もちろん、アイツが生きていた間は、昔ほどではないにしろ交流があった。
時々一緒に帰ったり、昼飯を付き合ったりしていたと思う。
何が、あったんだっけ…?
*
また、ヒグラシの声が響きだす。
夕暮れ、俺は人の少ない廊下でまた飛び上がった。
「倉田君。ちょっとごめん」
「な、何?森さん??」
赤い日が差し込んで、廊下は一色に染められている。窓からは部活の連中の声がする。もうあいつらも上がりの時間だ。
「柊君のこと、なんだけど。幼馴染だっけ?」
「…う、うん。そうだけど…。」
ふっと、空気が変わった。
赤い廊下に、黒い長い髪の女子学生。学年1・2を争う美少女。
でも彼女と対面したその時の俺の頭の中では、誰かがサイレンを鳴らしていた。に げ ろ って。
「思い出しちゃ、だめ。忘れるの。」
「え?」
「君が思い出す資格なんか、無い。馬鹿みたい。こんなに何度も手間かけさせて」
「…もり、さん?」
「新城クン、もう一度お願いね」
音もなく、一人の男子学生が現れた。何度か見かけたことがある。めがねをかけた細身の少年だ。
「…ミズホ、君、少し変だ」
「いいから。困るでしょ??」
彼女がこちらを見た。憎悪に限りなく誓い目で、軽蔑もこめて。
そして俺はその目を知っていた。何度も、何度も見据えられ、そして、奪っていった目だ。
「…やめ、ろよ。…また、やるのか?…何度目、だっ…け…?」
声が震えてくる。すくむ足をこらえて、俺は逃げ出した。
「!!…待ちなさい!!」
彼女が追ってくるのが解った。でも止まれなかった。つかまったらきっとまたアイツのことを忘れてしまう。
どこか不安定な生活の中で、ぼんやりとした毎日を送って、あいつの不在に悲しむことも無く。懺悔することもなく…。
懺 悔 っ て 何 の ?
*
どん、と誰かにぶつかった。
顔を上げると、1つ上の学年の男子が立ちふさがっていた。
かなり柄が悪い。がたいもでかく、とても逃げられそうに無い力で腕をつかまれた。
「は、はなせ…!」
「…ミズホ、まだやる気なのか。」
そいつも森のことを知っているようで、心なしか悲しげな目で彼女を見つめた。
「…何度だって、やるわ。ルールでしょ」
「でも、ね、ミズホ。ちょっとやりすぎ…」
「ルールでしょっ!!」
現れた女子学生に対し、森は叫ぶような声で遮った。
俺は彼女の目が怖くて、腕をつかまれたままその場でうずくまった。
「…また、奪うんだ。あいつの、事。俺から…。」
その声を聞いた森は、とうとう箍が外れたように怒鳴りだした。
「あんたが奪ったんでしょ!?私たちから、彼を!!あんたが余計な詮索するから、こんな、馬鹿みたいな…」
「…奪った?」
「あんたが柊君を死なせたんだ!!」
「ミズホっ、落ち着け、言いすぎだ!」
3人のうちの誰かが、彼女をたしなめた。でも俺はそんなこと聞いていなかった。
俺が、死なせた。
最後の記憶が開いていく。あの日、夏休みの最後の週。初めてヒグラシが聞こえた夕暮れのこと。
*
最近どこへ行ってもごまかされる。きっと彼女でもできたんだろう、あいつめ。
そんな事を考えながら、あいつをつけて学校まで来たのは、確かにただの好奇心だし、
品の無い冷やかしだったから、正直うまくつくろえない。
でもそれどころじゃなくなったのは、あいつが化け物に追いかけられて飛び出してきた時。
「あ、アキっ!?」
俺は、おまえ、これ、なんだよ、とか、そう必死に言っていた気がする。でも記憶はあやふやだ。
それまで逃げ続けていたショウタは俺に背を向けて、かばうようにソレに立ちはだかった。
「逃げろ、はやくっ」
「これ、マジ…?ショウタ、おまえ、なにかばって、お前も逃げろよっ」
ショウタの腕をグイ、っと引っ張ると、何かの準備を遮ってしまったらしくあいつは慌てだした。
「ばかっ、はやくアキだけで逃げろって…っ!」
…その後のことは、真っ白だったことくらいしか記憶に無い。
目が覚めたら、あいつは血だらけ。俺はあいつに突き飛ばされて、藪に突っ込んでいた。
蒼白の顔をした4人、森、新城ともう二人があいつを囲んで突っ立っていた。
俺は動けなくて、ただどうしようもなく呆然としていた。
「…あんたの、せいだ」
森がつぶやいた。新城が進み出て、何か不思議な光を俺に向けた。
「…ここでおきたこと、忘れてもらうから」
とても、冷たい声だった事は、よく覚えている。
*
「…そ、か。おれ、あいつの邪魔して」
新城の顔が歪んだ。
「どうする、ユキ。彼はどうしても忘れられないみたいね」
柿島ノリコ、と名乗った女子学生が苦笑いで新城をみた。新城は目を閉じて、ため息をついた。
「何でよ、もう一回するんでしょ!?見られちゃまずいんでしょ!?」
森が怒鳴る。新城は森をみて、つぶやく。
「…ミズホ、あんまり繰り返すと、彼が壊れちゃうよ…」
「お前、少し落ち着けよ。柊恋しさのあまり人殺してちゃ、あいつが浮かばれねえって」
柄の悪い先輩、野田キヨノリが森をしかる。
「だって、こいつが出てこなかったら、ちゃんと柊君は合流地点までこれたし、少なくとも死ぬことも無かった…!」
ぼたぼたと大粒の涙が森の頬を伝って落ちていく。
「でも、彼が守った人を、壊しちゃうのはきっと悲しむと思うな」
よしよし、と頭をなでながら、柿島がなだめる。
「それにさ、なんどもなんども思い出しちゃうって事は、この人だってすんごい後悔してるんだよ」
「…」
森は顔を覆ってしゃがみこんでしまったが、それ以上何も言わなかった。
「…さて、倉田アキ君、だよね。君に選択肢は2個ある」
新城が向き直って、静かに言った。
「1つはもう一度だけこの光ですべてを忘れる。忘れたら僕らは全力で君が思い出そうとするきっかけを阻止する。
だから君は二度と思い出さないし、悔やむことも無い。彼女を怖がることもなくなると思う」
「…もう1つは、全部を受け入れて、これから普段どおり生活。わかるな?」
新城と野田に囲まれて、俺はぼんやりとしたまま選択を迫られた。もう外は真っ暗だ。ヒグラシも聞こえない。
*
チャイムがなって、授業が始まった。退屈な古典の授業だ。
外の景色は枯れ木が目立ち始め、秋の気配は濃くなる一方だ。外のグラウンドの連中はジャージを着込み始めている。
正義の味方
ぽつりとそんな言葉が頭に浮かんだ。
忘れるか、の問いは、もちろん否だ。
忘れること自体が、罪になることだって、ある。それに、あいつはやっぱり俺にとって大きい存在だったようだ。
忘れるなんて、出来るわけない。一緒に生きたことも、死なせたことも、生かされたことも。
あいつらが何なのか、いまだに説明はされていない。
ただいつもどおりの生活をすることと、口外しないことだけを条件に、俺は記憶を許された。
あの化け物も、彼らの不思議な力も、さっぱりわからない。
でもあいつらが何かの個人的な利益のためにやっているとは、思えなかった。
誰もが辛そうだったし、あいつが死んだ後でも、活動は続いているらしいからだ。
だからきっと、あいつらは正義の味方みたいなもんなんだ、と解釈している。
ぽやん、としているくせに、妙に責任感のあったあいつには全くふさわしい役職じゃないか…。
かくん、と頭が動いた。
隣の席の正義の味方は、最近お疲れのようだ。敵さんは夜にしか出ないらしい。
誰も知らない。誰も評価しない。そういうところで戦っている。
だったら俺は、こいつらのことも絶対忘れない。何の足しにもならないけど、応援しているつもりだ。
だから、彼女のノートがミミズで埋め尽くされる前に、そっと隣の席の美少女戦士を小突いてやった。
※マジ古いです…大学入る前じゃね?
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