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9.

9.
「じゃあ、噂そのものは真実だった、と?」
ラルフ・スタッカートは露玄と名乗った男の顔を見詰めた。
顔に刻まれたしわは、男の年齢以上に深く、彼の心労を表しているようだった。
「はい。一部の里の者が、「朝霧」なる組織をひそかに組み、過激な『精霊文明の復興』運動を進めている、と密告があり…急きょ内情を探らせたところ、そういった行為を行っていた事がわかった次第なのです。」
「…本当に、一部なんだろうな?」
ラルフが意地悪く尋ねる。
彼 の問いは、単なる意地悪ではない。以前、ロストエクイテスの者から奪った地図を見た時、そして、今朝、この鈴里に招かれた時。彼は目ざとく、この集落の立 地、村を囲う壁の作り、張り巡らされた水路に、違和感を感じたのだ。ここは、見た目には普通の集落に見え、且つ、巧妙に敵の攻め入る隙を与えない作りに なっている。
…ように感じた。
残念ながら、ラルフ自身は戦術・戦略といったものには全く知識も関心もない。ただ、直観的に、ここは万人を受け入れる心がない、むしろ、拒絶している、と感じられたのである。
露玄がどうその問いを解釈したかはわからないが、これ以上敵を増やしたくはない、と考えている事がわかるような、疲れたため息をついて、里の事を話し始めた。
「たしかに、この鈴里は普通の農村ではありません。「朝霧」と名乗る彼らの活動の下地となるものは、十分にあります。」
露玄はつと、ラルフごしに窓の外を見やった。
夜 中の騒動で宿の主人の怒号を浴び、早々に宿からでなければならなくなったため、鈴里に到着したのは朝も早い明け方だ。今はラルフとナナがひと眠りして起き たところなので、おおよそ午前9時。深く木々が生い茂る鈴里はあまり日の光がささず、風に吹かれてざわめく枝のちらちらとした木漏れ日だけが、水路に反射 して輝いている。
「ここは風と水の里。そして、その二つの元素を主とする道術の里。かつて、この里ではその道術と、静けさと暗闇を活動の場とする技術を以って暗躍した、「シノビ」と呼ばれる諜報・密偵、あるいは暗殺者たちを多く輩出していました。」
「シノビの里!?」
なぜか、ラルフが身を乗り出して尋ねてきたものだから、露玄は驚いて目を丸くしている。
「い、いや悪い。昔、爺さんに聴いた事があって、すっげー憧れてたもんだから。」
あはは、と苦笑いでごまかす。そして加えた。おとぎ話だと思ってた、と。
「そう、おとぎ話でよかったのです。」
露玄は苦い顔で目を伏せる。
「この明るく開けた時代に、われらシノビは必要ない。…彼らも、わかってくれたと思っていたのに。」
「…かつての栄華にすがる連中が、根強く息づいている、と。」
「栄 華など…われらの活動は、表立って評価されてはいけないものなのです。たしかに、誇りはあった。われらの能力で、一つの王国の維持も、崩壊も、大きく左右 される。そう自負していた。一人の優秀なシノビは何十人の兵団にも勝ると。…だが、それはもはや昔の話です。われらの力の根源であった、風と水の精霊たち が見えるものなど、もうこの里には指を折って数えられるほどしかおりませぬ。われらの力を頼っていた国々も、科学技術で発展している国に取り込まれて久し い。」
よくあるケースだ。目を細めてラルフはかつてのシノビを見やった。
似たような理由で、古の文化の復活を求めようとする者は多い。 だ が、多くの場合、彼らが失った栄光の副産物は、今の彼らの主力の産業となりえる事を気付いていない、あるいは、認めていないだけなのである。星を信仰する 集落は滅びたが、彼らの独自の天文学は、本ばかり見ていた学者の倦怠した学会に一石を投じ、盛んな議論をもたらした。動物使いの戦闘民族は、火薬と科学薬 品を放った新興国に負けたが、科学も魔法も超越した彼らの動物たちとの絆は、いまや大陸全土を巡る巨大な大道芸団となって人気を博している。
鈴里も同じだ。風と水の里は良質な薬草を育て、彼らの薬の知識を以って、既にこの里の産業として動き出している。
かつての誇りを想う、鬱屈した感情を捨てよ、という事は出来ない。だが。
(「可能性ある未来を捨ててまで、時代錯誤の誇りを求めて、全て失う?全く、すがすがしいほどまっすぐな阿呆だな」)
心の中でつぶやく。
「里の大半の者は、もはやシノビとしての活動に未練はないのです。信じていただきたい。」
それまで疲れ果てたような様子だった露玄の瞳は、里の代表代理としての役割を全うすべく、ただ真摯に保安官を見詰めていた。
「…悪い。意地の悪い質問をしたな。召喚についての話を続けてくれ。」
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