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草稿

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14.

一方、月影はベオウルフに誘われ、酒を酌み交わしていた。
村、などというのもおこがましい。大型のテントが立ち並ぶ、ここは宿営地の様相を呈していた。
昔はここに村があったのだよ、と苦笑いをしながら言い訳をするベオウルフ。
ランプの明かりが、簡素なテーブルの上に影を作っている。大型のテントとはいえ、二人分の影がテントの壁いっぱいに映し出された様子は、どうにも窮屈に感じられた。
「サムライ、と言うのだろう?」
「…古い呼び名だ。私も呼ばれた事はないな。」
出された杯を干しながら、月影は刀を眺めた。
ベオウルフの持つロングソードとそれは、あまりにも形状が異なっている。
「しかし、サムライは滅びたと聴いていたよ。」
「滅びたさ。祖父も父も、後生大事に刀だけは捨てなかった。私の剣術も、半分以上自己流にすぎない。」
「…いずれ、騎士という者も、そうなるのだろうな。」
「認めるのか?滅びが避けられない事を。」
月影は意外そうに、あごひげの男を見やる。
彼の顔に一瞬、寂しさが見えたものの、すぐにその影は消えた。
感情的にならない、というのは、いつの時代、どの職業だろうと、生き残る術の一つであり、美学の一つに数えられる。
「時代の流れ、というものに立ち向かい争う事など、我々の本分ではないのだよ。」
「その本分とは何か?」
「護る事、だ。」
弱きを助け、悪しきをくじく。
基本的な行動理念は、そこに集約されると言っても、過言ではない。
「たとえ時代が変わり、その姿かたち、呼び名が必要とされなくなっても、弱い民を守るための力をふるう。これが我々の道というもの。」
「職を失っても、か?」
皮肉を込めたつもりだ。だが、ベオウルフは月影の杯を満たすだけで、いやな顔一つしない。
「仕えるべき人を失ったのは、たしかにつらい事だ。だが、彼だけを守るために、我々はいるわけではない。そう思ってもいいだろう?」
横顔にかかった髪をかき上げ、盃に口をつける。そして、月英は横目で騎士を見た。
「今は、誰を護る?」
「…この、世界を。」
一呼吸置き、しかしよどみなく彼は答えた。
「おこがましいと笑うか?サムライ。」
月影は首をすくめた。ベオウルフは続ける。
「私は、彼らを止めたいのだ。そして彼らに類する古き文明を維持したいと願う者を、守りたいのだよ。」
このまま鈴里の者が「破壊神」の召喚を成功させてしまえば、世界の破壊如何はともかく、「古い文明を維持したいと願う者たちは、危険である」という認識が定着されるだろう。ただでさえ、その類の話題に欠かないこの時代の、決定打となり得る。
顎鬚をなぞり、少し苦い笑いを含みながら、彼はつづけた。
「そういった点で言えば、貴公らの組織と目的は似ているかもしれないな。」
「私は組織から給与を得、生活している身だ。だが、その行為はあなた方に何の得がある?」
「言ったろう?守る事が我々の本分。…たとえ廃れるこの名でも、この信念を変えたくはない。理由を言えというなら、それが我々の正義だから、だろう。」
そういう生き物なのだ。
彼の目はそう語っていた。
「しかし…」
ふと表情を変えて、月影を見やる。机のランプに照らされた顔は鋭く、張りつめているようで、しかし強さとともにわずかな脆さの両方が垣間見えた。そしてその表情は、出会った時からほとんど変わらない。黒髪は光に照らされて色を変え、その眼はわずかに揺らめくランプの光をじっと見つめていた。
「ん?」
「貴女のような女性も、こういった危険な任務に派遣されるとは意外だ。魔法省は人手不足かな?」
おどけたように尋ねる。
「ああ…そういえば気になっていたのだが、よくすぐにわかったな。私が女であることを。」
「冗談だろう。貴女のような美しい女性を、どうして男性と間違えるんだ。」
「私の同僚の男は、いまだに私を男だと思っているぞ。」
「…盲目か何かか?その男。」
ランプを見ながら、ふ、と無意識に月影は笑っていた。
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13.

ラルフがため息をつくその横で、ナナは枝の間から覗く月を見ていた。
酷く強い光が、里の路地に木陰を作り出している。
鈴里の夜は深く、音は全て木々に吸い取られているようだった。
時折、水路を魚が跳ねる音が、路地裏からかすかに聞こえる気がする。
(「ここは、昼も夜の様に暗いし、夜も昼の様に明るい」)
記憶はまだ、全く明瞭にならなかった。思い出せる事はほんの少し。
ラルフが笑った時に見える白い八重歯。月影が振り返る時のしぐさ。なんだかちょっとだけ、胸の内がほっこりするような気がした、二人の口論の様子。照瀬の町のにぎやかさ。日の光。鈴里の素朴で涼やかな景観。そして、大きな月。
「わり、ちょっと一服。」
ラルフは考え事をあきらめたらしく、窓に一緒に寄りかかり、ナナに煙が流れないような位置に座りこむ。
のんびり煙をくゆらせているラルフに、ナナは、消え入りそうな小さな声で言った。
「さようならは、つらいね」
「…?」
怪訝な顔のラルフを気にせず、ナナは続ける。
「ラルフも、月影も、一緒にいると楽しいよ。」
「なんでい、突然。」
苦笑いをしながら、ぼりぼりと困ったように頭をかく。
「さようならは、つらいね」
ラルフが、また同じことを言うナナを振り返ると、彼女は窓の外のどこか遠くを見ていた。
「さようならじゃなくて、またね、にすりゃあいいだろ?」
「またね?」
「そう、またね。」
に、と笑うラルフにつられて、ナナも笑った。
「またね、かぁ…」
その笑顔が妙にさびしそうで、思わずラルフはナナの頭をわしわしとなでた。
「生きてりゃあ、何度だって、どんな機会だってあるさ。人はそーいう可能性ってやつを持ってる生き物なんだとよ。すげえよなあ。」
まあ、爺さんの受け売りだけどな、とナナに向かって片目をつぶって、おどけて見せる。
「間違ってても?」
明るい窓を背にして、濃い影になったナナは、不安そうに尋ねる。
「ああ、俺なんて間違ってばっか。いつだってジジイや月影に怒鳴られてばっかで、もうげんなり。」
「じゃあ、私が間違ったら、ラルフが止めてね?怒ってね?」
しゃあねえなあ、とまたナナの頭をなでる。
「一丁、びしぃっと怒ってやるから、覚悟しとけ。」
嬉しそうに、ナナが頷いた。
 
(「…怒る、か。どういう性質なのかは知らんが、要は、奢るな、壊されたくなかったら自分で反省しろって、そう叱りつける神様なんだろうなあ、ディエルナさんはよ」)

12.

12.
木々の間から、フクロウの声が聞こえる。水路際からは、虫の音が響き始めている。鈴里の里に、夕闇が迫っていた。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、ラルフは今後の動きについて考えを巡らせていた。
「とらえた朝霧の者から聴きだした情報によれば、召喚自体は行われたものの失敗に終わり、彼らの目的はいまだに果たせてはいないようです。ただし、召喚されたもの、は確かにこの世に顕現しているはずだとか。われらも総出で探し回っておりますが、姿かたちを知らぬままでは探しようもなく…」
露玄の話にウソはない。自らが使役するもの、例えば先刻呼び出した白蛇の様な者たちに問うても、たしかに「ここ数日の間に、大きな気の流れが外界へ向けて動いていた気配がした」という証言は得ていた。ただ、正体を知るものが一人もいなかった事が気にかかる。悠久の時を生きる彼らが、古の神を把握していない、というのはおかしな話である。
「銀虚神さんってぇのは、一体何なんだろうねぇ…」
ひとりごちたのち、ひとまず魔法省に連絡でもするか、と報告書に手を伸ばした時、こんこん、と控えめなノックが聞こえた。
「ナナ?どうかしたのか?」
「月影さんに、あった」
しょんぼりした顔で、ナナは月影から預かった手紙を、ラルフに手渡した。
「そっか、あいつもここに来てんのか。」
「ううん、外で野宿するって…ここの人たち信用ならないからって…」
それを聴いたラルフが笑ったのを見て、ナナはキョトンとする。
「いやいや、あいつらしいわぁ。気にすんなよ、ナナ。月影は単なる石頭だからな」
手紙に目を通したラルフは、おおむね露玄の話と似たような報告内容、ロストエクイテスと一緒にいる事、すぐにでもそこを離れ、自分と合流する事、といった内容に、唸った。
「どうしたの?」
「あいつの書く手紙ってぇのは、どうしてこうも小難しい表現ばっかりなんだろうなぁって…それにしても月影の野郎、ここを襲撃するつもりかい。あったく、見かけによらず血の気の多い野郎だよ。」
苦笑いで頭をかく。どうしたもんかね…とつぶやいて、とりあえず手紙を燃やした。集落の人間の目に触れたら、間違いなく疑いの目を持たれるであろうことが容易に想像できた為だ。ナナもいるし、不要な確執は避けたい。
「お仕事、邪魔?」
ナナがおずおずとラルフの顔を覗き込む。
「うんにゃ。まだ時間はあるしな。」
満月がやってくるのは5日後、月影の手紙の書きようからして、ロストエクイテスの襲撃もまだ猶予がある。どうにか双方刀を収め、ついでに召喚された神様も何もせずにお帰り願ううまい案はないものか、と、煙草に火をつけた。
「そんな神様、なんでいるのかな?」
ナナがポツリとつぶやいた。
「ディエルナの事か?…そうさなあ…この世を破壊する神様、か。」
ディエルナの伝承が、文献や史料に登場するのは、現在確認出来た限りでは精霊記と魔法文明の黎明期との中間あたり、300年前頃である。ただし、この東部の言語が文書として記録に残るようになったのもその少し前ごろからなので、以前から口伝には登場していたものと推測されている。一様に美しい女神の姿をしている。そして、その手でいくつもの文明を零に戻してきた事がほのめかされる。不思議な事に、その神は一度世界を破壊し、そして再び文明が栄える礎を作るところまでが使命であるという。つまり、創世神の側面も持ち合わせているのである。研究者の間では、創世の神の破壊的な面のみ、現実世界でいえば天災による被害を司る神として、強調された存在なのではないか、というのが有力である。
「俺にもわかんねえなあ…」
人の文明が発展すればするほど、この世は自然な姿を失い、長い時をかけて形づくられた「発生」「発展」「衰退」「消滅」の生命の循環は失われていく。神や精霊といった存在が、抑止力としてそのような存在を作ったとしても違和感はない。
ただその存在は、どこか歪であるような気がしてならなかった。
なぜ人の願いでそのような神を召喚できる?その存在は人が触れられない領域にあってこそ、その役割を全うできるはずだ。ラルフが使役するもの達が名前も知らない事も気にかかる。
全く面倒な物を呼び出してくれたもんだ、とラルフはため息をついた。

11.

11.
鈴里の店が立ち並ぶ目抜き通りに、小さな飲み屋がある。
昼の仕事を終えた男たちが、にぎやかに将棋を指している様子が、毎日のように見受けられる場所だ。静かに戦局を見通す者も見守る者もなく、指している当人も、周りの観客も、げらげらと笑いながら、野次を飛ばす。
その中に、彼らはこっそりとまぎれている。
「保安官が来ている。」
「やはり来たか。チクったのは、周りの森をうろついている連中か?」
「だろうな。」
「たった二人らしいじゃないか。しかも一人はただの娘だ。」
「殺ろうってのか?そりゃまずいだろ、政府の人間だぜ?」
「熊にでも食われたってことにしとけよ。」
がははは、と大声で、向かいの鍛冶屋の親父が笑っている。相手がとんだへぼな手を打ったらしい。
「問題は、そいつがどうやら白の一族らしいって話だ。同胞は殺せん。」
「ああ、そいつはまずいな」
「露玄の野郎、わかってて…あ、その手待った!」
突然声が大きくなった。相手はにやりと笑って、待ったなし!と言い切った。
「神様のほうはどうなんで?」
「あの日、我々が見たあの女神。方々を探しても見つからないままだ。何とも間抜けな話じゃあないか。」
「全く。星読みが星を読み違えるなんてなあ。あの星読み、すっかりミイラみたいに痩せちまって。」
たった一日。
彼が読み違えたその一日が、「朝霧」の有力者による召喚行為を失敗させた。
星の位置がずれ、依り代を見つけられなかった「女神」は、空をかけて、彼らの目の前から消えてしまったのだ。
「次の満月だ。女神がこの世界にいられるのは、その日が限度だ。」
何が何でも、それまでに、失われた女神を探し出し、そして彼女の問いに答えなければならない。
「待った!」
「待ったなし!」
悲鳴のような「待った」は、またも無慈悲に断られた。

10.

10.
「月影さん?」
あわててつかんだ服の裾の主が、さっと振り返った。
黒髪が揺れて、涼しげな眼がこちらを見下ろした。
「ナナ…?君か。やはりここにきているのだね。ラルフ・スタッカートは。」
鈴里の柵の外、ナナは張り巡らされた水路を辿って散歩をしていた。ラルフはまだ、里長代理と話しこんでいる。
そろそろ露玄の屋敷に帰ろうか、という時に、見覚えのある後姿を見つけ、あわてて手を伸ばしたのだ。
「ごめんなさい!一度、月影さんに謝ろうって思ってて…」
怪訝な顔をする月影に、ナナは自分が現れたばかりに、ラルフとの仕事をやりづらくしてしまった事を詫びた。
「ああ」
そんな事か、と、月影はふわりと笑った。
魔法省の女性陣を一瞬にして昏倒させるような、さりげない、綺麗な微笑み方だった。
「気にしなくていい。もとからあれとは気が合わないのだから。それよりも、君はずっとラルフにくっついていて、面倒事に巻き込まれたとは思わないのか?」
苦々しく、あれは動く騒動発生源だからな…と付け加える。対してナナはにこにこと楽しげに答えた。
「楽しいよ。ラルフは、いろいろ教えてくれるし、あ、銃の事とか、ゲームとか、町の事とか、仕事の事とかね。」
「…全く、何を教えているんだあいつは…」
ため息をつくと、月影はさらっとナナの髪をなでた。
「君も、早く安全なところにかくまってもらったほうがいい。この里は、噂通りのようだから。」
「え…?」

9.

9.
「じゃあ、噂そのものは真実だった、と?」
ラルフ・スタッカートは露玄と名乗った男の顔を見詰めた。
顔に刻まれたしわは、男の年齢以上に深く、彼の心労を表しているようだった。
「はい。一部の里の者が、「朝霧」なる組織をひそかに組み、過激な『精霊文明の復興』運動を進めている、と密告があり…急きょ内情を探らせたところ、そういった行為を行っていた事がわかった次第なのです。」
「…本当に、一部なんだろうな?」
ラルフが意地悪く尋ねる。
彼 の問いは、単なる意地悪ではない。以前、ロストエクイテスの者から奪った地図を見た時、そして、今朝、この鈴里に招かれた時。彼は目ざとく、この集落の立 地、村を囲う壁の作り、張り巡らされた水路に、違和感を感じたのだ。ここは、見た目には普通の集落に見え、且つ、巧妙に敵の攻め入る隙を与えない作りに なっている。
…ように感じた。
残念ながら、ラルフ自身は戦術・戦略といったものには全く知識も関心もない。ただ、直観的に、ここは万人を受け入れる心がない、むしろ、拒絶している、と感じられたのである。
露玄がどうその問いを解釈したかはわからないが、これ以上敵を増やしたくはない、と考えている事がわかるような、疲れたため息をついて、里の事を話し始めた。
「たしかに、この鈴里は普通の農村ではありません。「朝霧」と名乗る彼らの活動の下地となるものは、十分にあります。」
露玄はつと、ラルフごしに窓の外を見やった。
夜 中の騒動で宿の主人の怒号を浴び、早々に宿からでなければならなくなったため、鈴里に到着したのは朝も早い明け方だ。今はラルフとナナがひと眠りして起き たところなので、おおよそ午前9時。深く木々が生い茂る鈴里はあまり日の光がささず、風に吹かれてざわめく枝のちらちらとした木漏れ日だけが、水路に反射 して輝いている。
「ここは風と水の里。そして、その二つの元素を主とする道術の里。かつて、この里ではその道術と、静けさと暗闇を活動の場とする技術を以って暗躍した、「シノビ」と呼ばれる諜報・密偵、あるいは暗殺者たちを多く輩出していました。」
「シノビの里!?」
なぜか、ラルフが身を乗り出して尋ねてきたものだから、露玄は驚いて目を丸くしている。
「い、いや悪い。昔、爺さんに聴いた事があって、すっげー憧れてたもんだから。」
あはは、と苦笑いでごまかす。そして加えた。おとぎ話だと思ってた、と。
「そう、おとぎ話でよかったのです。」
露玄は苦い顔で目を伏せる。
「この明るく開けた時代に、われらシノビは必要ない。…彼らも、わかってくれたと思っていたのに。」
「…かつての栄華にすがる連中が、根強く息づいている、と。」
「栄 華など…われらの活動は、表立って評価されてはいけないものなのです。たしかに、誇りはあった。われらの能力で、一つの王国の維持も、崩壊も、大きく左右 される。そう自負していた。一人の優秀なシノビは何十人の兵団にも勝ると。…だが、それはもはや昔の話です。われらの力の根源であった、風と水の精霊たち が見えるものなど、もうこの里には指を折って数えられるほどしかおりませぬ。われらの力を頼っていた国々も、科学技術で発展している国に取り込まれて久し い。」
よくあるケースだ。目を細めてラルフはかつてのシノビを見やった。
似たような理由で、古の文化の復活を求めようとする者は多い。 だ が、多くの場合、彼らが失った栄光の副産物は、今の彼らの主力の産業となりえる事を気付いていない、あるいは、認めていないだけなのである。星を信仰する 集落は滅びたが、彼らの独自の天文学は、本ばかり見ていた学者の倦怠した学会に一石を投じ、盛んな議論をもたらした。動物使いの戦闘民族は、火薬と科学薬 品を放った新興国に負けたが、科学も魔法も超越した彼らの動物たちとの絆は、いまや大陸全土を巡る巨大な大道芸団となって人気を博している。
鈴里も同じだ。風と水の里は良質な薬草を育て、彼らの薬の知識を以って、既にこの里の産業として動き出している。
かつての誇りを想う、鬱屈した感情を捨てよ、という事は出来ない。だが。
(「可能性ある未来を捨ててまで、時代錯誤の誇りを求めて、全て失う?全く、すがすがしいほどまっすぐな阿呆だな」)
心の中でつぶやく。
「里の大半の者は、もはやシノビとしての活動に未練はないのです。信じていただきたい。」
それまで疲れ果てたような様子だった露玄の瞳は、里の代表代理としての役割を全うすべく、ただ真摯に保安官を見詰めていた。
「…悪い。意地の悪い質問をしたな。召喚についての話を続けてくれ。」

8.

8.
茫洋とした意識の中で、それは考えていた。
なぜ、時折心がざわめくのか。
なぜ、寒気がするほど心が急くのか。
あまりに長い時を過ごしすぎた。此度の眠りは特に長い。
生まれた役割を忘れて、久しい。
耳を掠める悲鳴の主を忘れて、久しい。
ただ、無性に、あの風が恋しくなる。

7.

7.
月影がロストエクイテスと接触している頃、照瀬ではラルフとナナが、宿の一室で黒い影に囲まれていた。
「おいおいおい、街中だぜ?ここ。」
「な、なんなんですかこれ…!」
ランプの明かりにぼんやりと映る、黒装束の侵入者たちは音も立てずにゆらゆらと二人との距離を詰めていった。
ラ ルフの武器である拳銃は今も腰に携えているが、ナナを連れている事もあり、この人数を処理しきれない。彼は眉間にしわを作りながら、ナナをかばうように引 き寄せた。その時、影の一人がランプの火に接触したように見えたが、全く動じていない。ふわり、と独特なにおいがわずかに部屋に漂い、ラルフははっとし た。
「…これは。」
よりしろを使った使役の術、それに用いる香草のにおいを敏感にかぎ取った彼は、腰につるしたポーチから、
そっと一枚の紙を取り出す。ナナが不思議そうに彼の手元を見やった。その間にも、影たちはじりじりと近寄ってくる。手に見たことのない形のナイフを構えながら。
「久々過ぎて若干心配だが…いっちょやってみるか。」
ぼそりとつぶやくと、こちらを見ているナナに向かい片目をつぶって見せ、ラルフは札をさっと天井へ放り投げた。
「!?」
影たちが一斉に動きを止める。その隙にラルフは身に沁みついた口上を唱えた。
「上天の主星 眷属 黄塵の白蛇 血族の盟約に従え」
普段の声とは違うその独特な発声に、彼の懐にかくまわれたナナでさえびりびりと空気が震えるのを感じた。
声に応じるように、彼が放った紙はしゅるりと大きな白蛇に形を変え、次々に影たちを縛りあげる。影たちは蛇に睨まれたとたん声も上げずに囚われ、びくりと身を震わせた。とたん、次々に小さなネズミへと姿を変え、一目散に逃げていく。
「な、なに?ネズミ??」
ナナが首を傾げ、混乱した表情でラルフを見上げた。
「おー!パイちゃん来てくれたか!」
当人は嬉しそうに白蛇を撫でている。白蛇の方も、懐かしむように親しげな眼で彼を見ていた。
『はんす・すたっかーとのまご ひさしいな。 われのことなどわすれたかとおもうておったぞ』
鈴のように軽やかな声が白蛇から聞こえてくる。蛇をみて顔を真っ青にしているナナに、ラルフは慌てて紹介した。
「このでっかい蛇は、まあ俺の友達みたいなもんだ。安心してな?」
『…らるふ このむすめ…いや、それよりもいまは、われのうえでしっしんしているおとこをなんとかしておくれ』
え、とラルフが白蛇の体を目で追うと、確かに黒衣の男が一人、ネズミにならずにそのまま目を回していた。
おそらく、他のネズミたちを使役していた本体だろう。大方白蛇に驚いたのと、彼女の締め上げがきつかったあまり気を失ったといったところか。
「身なりからすると、暗殺者?でもなんで俺らに…」
『めざめがあさい。なにかあったら、またよべ。らるふ。つぎはいぜんのように、さけでもくみかわそうぞ』
しゅるり、と舌を動かし、真っ黒な瞳をラルフにむけると、何の前触れもなく白蛇は紙切れに戻っていった。
「パイちゃんまたな!」
その時、宿の部屋の扉が開いた。
「…おいおい、この国の人間はどいつもこいつも。他人の部屋に上がるときはノックってマナー、知らねえのか?」
黒衣の影たちと違い、全く殺気のないその人物への警戒を解き、ラルフは軽口をたたく。
「失礼いたした。超自然文明管理保安部の保安官どのとお見受けする。」
「いかにもそーだが、あんたは?」
長いローブをまとい、フードの奥には束ねた黒い髪がのぞいている。壮年の瞳はただ真摯に、ラルフという男を見定めているようだった。
「私は、鈴里という集落の長代理、露玄と申す。先ほどは私の里の者が失礼を。その男、里に連れ帰り厳罰に処しましょう。…そして、貴方にお頼みしたいことがあり、伺いました。」
ランプの明かりがちらちらと揺れて、狭い宿の部屋を照らしている。安宿の壁越しに先ほどの騒動の物音を聞きつけ、宿の主人がバタバタと階段を上がってくるのが聞こえた。

6.

6.
照瀬の北部から広がる森は広大で、付近の住民でもあまり立ち入りたくない場所だという。怪しげな呪術を行っている、というのはやはり単なる噂では ないようで、森にもっとも近い場所に住む一家は、何度も森が光ったりうなったりするところに遭遇している、と諦めたように苦笑いをした。
(「黒鈴、鏡橋、凪平葉…どれも道術に使う薬草になるものばかり。都合の良い場所というわけか。」)
周辺の植物を確認しながら進み、やはり術の類との関連性がありそうだということを確認した月影は、
さて、と道端の薬草から顔を上げた。
「そろそろ何用か伺ってもよろしいか?」
気配が、さっ、と変わった。
夕暮れ過ぎの薄闇の中、それでも彼らは姿を現さない。ただ気配を探っていた月影は、仕方がなくつぶやいた。
「用がないなら去れ。さもなくば無理にでも聞かせてもらう。」
見えるはずもない視界にもかかわらず、月影の目は彼の目をはっきりととらえ、鋭くにらみつけていた。
「…」
ふ、と息が漏れた。
「失礼。美しい女性が物騒な刀を差してこの森を歩いていたことなどないものだから、捕えるべきか迷っていた。」
林から現れた男は、数人の部下を手で制しながら、すきのない身のこなしで月影に近づく。
(「軽装だが、甲冑…そしてあの剣。ラルフ・スタッカートが言っていた連中か?」)
腰につるした剣には、ニルギリの様式が見て取れる。
明るい髪色に青い瞳の男は、進み出ると月影に握手を求めて手を差し出した。
痛 みは見えるものの丁寧に手入れされた防具の下には、屈強な体躯が見て取れる。髪はくせ毛なのか、手入れをしていないのか、そこいらに向けてぼさぼさとはね ており、あごひげも少し伸びすぎている。それにも関らず、男の雰囲気はだらしなさはなく、成熟した品位と覇気があった。
「この近辺の森が物騒だと聞いたんでね。警備をしていた。貴女には失礼になってしまったが、許してほしい。」
「自主的に警備、か?ロストエクイテスが無料奉仕の集団とは聞いていないな。」
またも、男の背後に控えていた部下たちの空気が変わり身構えたが、やはり男が制止する。
「…私は元・ニルギリ国騎士団第3隊隊長、ベオウルフと申す。貴女の名と素性を伺いたい。」
「名は月影。素性は貴公らの返答による。」
「な、何をいうこの」
「伺おう。」
再度部下を止め、ベオウルフは質問を促した。
「貴公らは、鈴里をどうするつもりだ?」
「征伐し、しかるべきところへ突き出す。」
「しかるべきところ、とは?」
「…そうだな。おそらく大陸中央で活動しているという『超自然文明管理保安部』なる組織に渡すことになるだろう。」
「なぜ征伐を?」
「彼らは邪神を呼び出し、この世を滅ぼすつもりだから…と、貴女も聞いたからここにいるのだろう?」
(「目ざといやつ。私の行動をつぶさに監視していたな。」)
月影は元隊長を見ながら逡巡した。
(「しかし、こちらとしては好都合かもしれない。彼らの方が情報を持っている。想定よりも鈴里の規模が大きかった以上、頭数は多い方が良いだろう…」)
「わかっているならば話は早い。私はこういう者だ。」
そういって、彼女はベオウルフに中央政府印章が掘り込まれた、金属製のタグを突き出した。

5.

5.

「そうか、お前は仕事中に少女を保護する、というんだな?」
「悪ぃかよ。お前はこの子をほおっておけってのか、月影?」
ナナを挟 んで、月影とラルフの両者は睨み合っていた。照瀬の警吏にナナの保護を依頼したところ、10歳前後の子供の保護は行っているが、それ以上の年齢の場合はひ とまず浮浪者として留置する、というのである。ナナの年齢は不詳だが、10は過ぎていることは明らかだった。ラルフはそんな扱いはかわいそうだろ、と主張 し、月影は公的機関に預けた方がその子のためにも安全だ、と主張する。危険を伴う可能性がある仕事に、身を守るすべもなさそうな少女を巻き込むわけにも行 かないだろう。
「浮浪者と同じ場所に、この子を預けるわけにゃいかねえだろ?」
「それがこの国のルールなら仕方がないだろう。我々に随行させるのも、私には色々な意味で危険だと思うがな。」
「んなもん、俺が守って…」
「それがむしろ危険だろう。お前の近くに居させるのもそもそも疑問だな。」
「ああ?どういう意味だ?」
「この子の精神衛生上よくないだろうってことだよ。下心が透けて見えるぞ、ラルフ・スタッカート。」
「な、てめっ!ちげえっての!!」
「職分を忘れるな。はっきり言おう。邪魔だよ、その子は。連れて行く気ならば、私は一人で行動させてもらう。」
「おい、月え…行っちまった。」
私の分をあの子に充ててくれ、と宿の人間に言伝て、月影は宿から出て行った。
「私、ごめんなさい…。私のせいですよね…。月影さん、呼び戻してきます。」
そういって走り出そうとするナナを制止し、ラルフは苦笑いをした。
「いいんだって。あいつはあいつでうまくやるさ…。」
不安げなナナの視線の先で、月影は足早に町の外へと向かっていた。
新たに宿をとることは、おそらく無理だろうと踏み、野宿先を考えた。そして、早々に目的を果たすことを考え、
野宿先は照瀬の北の森に決めた。そこは、鈴里という村をぐるりと取り囲む森でもある。

4.

4.

意識が朦朧とする。手足がうまく動かない。細い路地の壁に手をつき、一歩一歩ふらつく足取りで進む。
時折通りすがる人は、ちらりと一瞥するだけで、まるで見なかった事にして顔を背け、通り過ぎていく。
もう限界…。
そう感じた時、ちょうど壁が途切れ、大通りに体を投げ出す形で倒れこんでしまう。しかし、幸いにも彼女は意外と柔らかな感触に遮られ、硬い地面にぶつかる事は無かった。
「おっとと…おい、大丈夫かい、あんた?」
視界にひょこっと現れた男は、心配そうにこちらを見ている。
「おい、どうしたラルフ。」
横からも声がする。彼女はその声の主を確認する間もなく、意識を手放した。
その日の午後、ラルフはテーブルに肘をつき、例の突然倒れてきた少女を目の前に苦笑いをしていた。
「まったく、若い娘さんが空腹で倒れるなんてな。都ではめったにお目にかかれないぜ?」
少女は必死に食事をかきこんでいた手をはたととめ、顔を赤くしながら小さくなる。
背中まで伸ばした鈍色の髪、陶器の様な白い肌、どこか遠くを見るような翡翠の瞳、と、
なかなかの美人かつ可愛らしい顔を耳まで赤くしながら、少女は小さな声で返事をする。
「すみません…食事まで…あの、お金は…」
しどろもどろになる彼女に、月影は静かに首を振った。
「この大飯食らいのダイエットになるだけだ。気にしなくて良い。食べなさい。」
「…おれの食費か!?」
頬杖から顔をあげてあわてたラルフも、すみません、を連呼する少女の前では月影の台詞を自身で繰り返すしかなかった。泣き出しそうになる腹の虫を抑えながら、ラルフは彼女に尋ねた。
「で、お嬢さん、照瀬の人かい?家まで送ろうか。」
ちらり、と月影が一瞬にらんだように感じたが、あくまで少女の体調を気遣っての事であって、やましい事など断じてない。なぜか頭の中で勝手に言い訳をしてしまったラルフは、月影はちょっと人に対して厳しすぎるんじゃねえか、と内心ため息をついた。
「いえ、その…。」
「旅行客?なら宿はどこだい。」
「その…よくわからなく…て…。」
「…?どういう事だ?」
月影も加わり、少女は更に泣きそうな顔になり、小さくなった。
「あの…何も思い出せなく…て…私、何処から来て、どうしてここにいるんでしょうか…」
「…おいおい、マジかよ…。参ったな、記憶喪失…かあ?」
「…名前は分かるか?自分の名前だ。」
町の役所に問い合わせれば、探している人間が居るかもしれない。しかし、少女はやはりはっきりとは思い出せない様子だった。しばらくうんうんうなりながら、やっとぽつりとつぶやいた。
「ええと…な……な…?…ご、ごめんなさい…よく分からない…です…。」
「なな?ここらじゃ一般的な名前だな…探せるかどうか…。」
月影の不安どおり、なな、という名前だけでは何処の誰かは分からず、その名前の人間を探している報告も無かった。

3.

3.
「ろすとえく…?なんだそれは。」
一人食事から宿へ帰ってきたラルフは、この町についての情報を月影に話していた。
「簡単に言っちまえば、流れもんの集団らしい。ほら、一昔前ここいらの国で銃器が普及して軍事費削減を叫ばれて、結局量りにかけられた国お抱えの騎士とか剣士の類が一斉に首切られた、ってのがあっただろ。」
「ニルギスか。たしかこの近くの国だったな。」
「そうそう、んでそのあぶれた連中がここら辺で徒党を組んで、勝手に傭兵団みたいなのをやっているとか何とか。それが、自分たちのことを『ロストエクイテス』とか名乗ってるらしいぜ。」
「それがどうかしたのか。」
「そいつらが、最近この町にしょっちゅう現れるんだそうだ。で、そいつらがよく口にする言葉が、「鈴里」「終わりの神」ってな話を酒場の連中から聞いたのさ。」
月影はさして興味をもった様子もなく、読んでいる本から目を離さない。
「その者たちが直接かかわっているという確証はあるのか?」
ラルフは待ってました、といわんばかりににやりと笑い、メモのようなものを懐から取り出した。メモには地図らしきものが描かれている。
「それは?」
「いやあ、ちょうどよくロストエクイテスの一員らしきやつ、が絡んできたんで、のしてやったらこんな紙を持ってたって塩梅でね。」
「ちょうどよく、ね」
ちらり、と月影はラルフを見やった。
彼 が言っていることはつまり、酒場の人間に言われたか、彼らの会話を聞き取ったかをして、その集団の一員だと判断した人間をわざと怒らせた…ということであ る。本来ならこのような不確定な情報だけで判断し、目立つ行動をとることは、自分の周りの人間にはさせない月影だが、ラルフだけは特別である。鼻が利く、 とでも言えばいいのだろうか。いい加減なように見えて、ラルフの観察眼と勘のよさは折り紙つきであった。
「鈴里の辺りにしるしが多いな…あとは…仕事の取引相手か?」
「それだけじゃないみたいだぜ。ここ見てみろ。」
「…まるで戦争前の諜報活動報告だな。」
鈴里の地形、人員の数と配置、町・建物の形状…。少なくとも、集落の入り口から正々堂々と入る気はない事が伺える内容である。
「きな臭いよな。こりゃ、元騎士様連中何かよからぬ事考えてんぞ。」
「確かにな。しかし、鈴里を調べるのが先決だろう。元来の目的を忘れるな。」
月 影はうなずきながらも、あくまで自分たちの責務を優先させる。せっかく仕入れた情報に対して、食いついてくれなかった同僚に多少がっかりしながらも、ラル フもその意見には従う事にした。明日は照瀬から鈴里へ向かう。古の神を召喚したという人々に会い、その真偽を確かめるために。

2.

2.
鈴里と呼ばれる集落で、怪しげな召還行為が行われている。それは魔法が栄えていた時代ですら禁術とされていたもので、世界に終わりをもたらす…といううわさが魔法省の耳に届いたのは、つい3日ほど前のことだった。
世界中に派遣されている組織の耳は、信憑性の低いご近所のうわさから、他国の軍事機密まであらゆる情報を拾ってくる。そのうわさの発信源が不明かつ、特定の地域でのみ語られている程度の影響範囲、という二つの点を見ても、この情報の信憑性はかなり低い。
そ れでも組織が二人の派遣を指示したのは、「魔法が栄えていた時代ですら禁術とされていた」「終わりをもたらす」ものについて心当たりがあったからである。 ここ数ヶ月で、各地の博物館等で保存されていたある神の遺物と伝えられているものが、ことごとく盗難にあっているのだ。未遂も多く、犯人を捕まえたケース もあったが、彼らは一様に口を閉ざし、ものを言う前に自らに手を下してしまう。
「種をまく者、銀色の終焉、終わりにして始まりの神…たいそうな名前ばっかだな。背中の辺りがむずむずする。」
ラルフが苦笑いをしながら資料を眺める。
「地方によって呼び名が違うだけだ。共通しているのはこの世を終わらせる神…デヘルカ、ティルア…一番一般的な呼び名は、ディエルナ。」
銀の虚ろの神。特に東部に多く見られる神である。
トラ・ケルバから馬車で東南に向かい7時間、ようやく至るのが那霧、鈴里という集落がある自然豊かで広大な地区である。
「いくら科学文明嫌いっても、こりゃ不便じゃねえのかいね?」
電車でつなげば2時間も要らないだろう。馬車など西部では旧文明の遺産に近い。
「知らん。これはこれなりに利点があるから残るのだろう。おそらく。」
野原から一向に変化しない、窓に流れる景色を眺めながら、月影は答えた。
そういえば月影の出身も東部だと聞いたような気がする…。が、どこか虫の居所の悪そうな彼に尋ねるのは面倒だった。
ラルフは馬車酔いから逃れるために、帽子を目深にかぶり、しばし眠ることにした。
どうせ窓の外の景色は、あと3時間は変わらない。
 
那霧の入り口にある都市、照瀬に着いた頃にはすでに日は視線の高さまで落ち、町の通りには飲食店の明かりがぽつりぽつりと灯り始めていた。平屋建ての素朴な木造建築が並ぶ町は、橙色の明かりに照らされ、なかなか情緒ある景観となっている。
「まずは、飯だな!」
馬車から降り、たっぷりと睡眠をとったラルフは元気いっぱいに食事処を探し始めた。
「宿が先だろう。まったく…」
月 影はあきれ返りながら、どこかにいこうとする彼のジャケットをつかんで歩き出した。観光地や観光シーズンではなくとも、この地方の中心都市に程近い照瀬は 比較的貿易が盛んなため、この時間帯に予約もせずに宿泊所を探すのは困難な場合もある。事前にこの地域の情報を調べてきた月影はそのことを把握していた。 そもそもこんな時間に到着する予定ではなかったのだが、今まで響いている2時間の遅れの原因は、そんなこと知る由もない。
「うええ、なんだよ月影、宿探すんなら別に別々でも…」
「お前は何年この仕事をしてるんだ。指定額内なら宿泊費用は組織もち。複数人一括の宿泊申し込みのほうが安いのはどこの地域も共通だ。つまり、お前がいないと私も自腹で払うことになりかねないんだ。わかったか?」
すらすらと説明する月影を、げんなりとした顔でラルフは見やり、しぶしぶ歩き出した。

1.

1.
春の日は高く、澄みきった青空にさわやかな風が吹く。
トラ・ケルバの町の駅は人の数も少なく、穏やかな午後の時間が流れていた。
若干古臭い外観の客車から、ふらりと大柄な男が降り立ち、大きく伸びをした。
「あー!やあっと降りられたぜ。窮屈で参った参った…と…うわ!?」
出口でひとしきり伸びをしている男を、さらに後ろから降り立った人間が足蹴にした。
「何しやがんだよおまえは!あぶねえだろ!」
「じゃまだ、後ろがつかえている。」
こともなげに言った彼は、後ろで待っていた老婆にさりげなく道を譲った。
「おお、こいつは失礼…。一言そう言やいいだろ月影。けるこたあねえっての…いてて。」
「手っ取り早いからな。…全く、何で『また』お前となんだ。上は何を考えている…。」
 
「超 自然文明管理保安部」、揶揄を込められた通称「魔法省」は、昨今の機械文明の発展に伴い、衰退、消滅していく傾向にある「超自然的な現象を用いた文化、技 能」を保護する名目で作られた組織である。表向きは、少数民族の希少な文化としての信仰や儀式を保存する、といった保護活動が主体の組織だが、その一方 で、衰退してもなお根強く用いられる「呪術」あるいは「旧来の『非科学的な』存在の力を借りた『説明しがたい技術』を操り、社会のいたるところで暗躍する 者たち」の取り締まりや、「反科学技術派の暴動の鎮圧」等、物騒な事柄を扱う役割も担う。
つい100年前までは、いわゆる魔法という技術は生活 に 根付く、とても身近なもので、一部の地方ではそれがそのまま信仰へとつながっていた。それが、急速な科学技術の発展の時代を迎え、社会において魔法技術は 急速にその規模を収縮させていった。その流れ、「LLE」と呼ばれる時代に生まれた歪みを正そうとする組織―「魔法省」とはそういう存在だった。
 
長 身の男、ラルフ・スタッカートは、その魔法省の表方の「調査」と裏方の「鎮圧」の二つの仕事を受け持つ部署に属する役人、通称「保安官」である。役人と いっても、ある程度の規定を踏まえて契約する、半ば傭兵のような存在である。ラルフ自身もこまごまとした事務作業よりも、走り回っている方が性分にあう、 というタイプの男だった。大柄な体躯に浅黒い肌、黒髪、無精ひげに愛嬌のある顔立ちは、いつも幼い少年のように楽しげで、落ち着きがない。
その ラ ルフを蹴って下車したのは月影。ラルフ同様、魔法省公認の保安官である。中背、痩躯。長い黒髪を後ろで束ね、切れ長の目と涼やかな口元の面差しと、スマー トな身のこなしは、魔法省の女性陣に絶大な人気を誇る。(が、本人はあまり気に留めていない)ラルフとは対照的に、落ち着きのある月影は、見慣れぬ長い剣 を腰に下げている。
彼らが組むのは、これで記念すべき連続10回目になる。
 
「しかたねえだろ、グレスフェルト東部の暴動に手間取って人員裂いてたら、結局仕事終えて帰ってきた俺たちしかこのヤマに当たれる人間がいなかった…ってシエルちゃんが言ってたじゃねえか。」
「そうだったな。その事務員のシエルちゃんとやらとお前が話しこんでたおかげで、予定の電車に乗りそびれ、次の便まで2時間待ったんだったな。」
しれっと目もあわせずにちくちくといやみを言う姿でさえ、こんなにも様になるのだから、神様とやらは不公平かもしれん。ラルフはそんなことを思いながら、苦い顔で改札を抜けた。
 

0.

0.
 
ふくろうの鳴く声がした。それは暗く広い空間に響き、まもなく闇に溶けていった。
つい、と飛び立ち、岩場をくり貫いた聖堂の天井をひらりと舞ったふくろうは、月夜に飛び去っていく。
聖堂の奥から声がする。声こそ数人だが、その場にいる息遣いや気配は数十人に及ぶようだ。
冷たい聖堂の床に座り込んだ彼らは、壇上に立った数人を除いて、祈るように押し黙っている。
「われらは繰り返してきた」
壇上の男の声が響く。
「そしてまた繰り返そうとしている。」
「生きとし生けるもの、そしてこの世を取り巻く精霊たちの声は、もはや虫の羽音ほどにも小さくなった。」
壇上のものたちは、かわるがわる静かに、いかにも荘厳に口を開く。
「戻すのだ。われわれの手で。」
「取り返しがつかなくなる前に。」
「そのために、今宵、共に原初の神を呼ぼうではないか。」
「われらの力で。」
「終わりと始まりの神を。」
 
岸壁の聖堂は、その夜、一度あやしく輝き、そしてまた静かになった。
 

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